秋とポトフ





























 温かなポトフを差し出され、宝条はようやく、重い首を上げた。
 一昨日から眠っていないのだろうその顔には、はっきりと疲れが滲み出ている。 ヴィンセントは、ぼんやりと自分を見上げたまま動かない男の右手に、 無理やりスプーンを握らせる。
「食べろ」
「・・・君が作ったのか」
 おまえの背後で作っていたんだ。そう言いそうになり、ぐっと口を噤む。 今の彼には、研究に関わるもの以外など視界にも入らない。
「放っといてくれても、構わないんだが」
「そうすると、何日間食べないつもりだ?」
 どうだろう。首を傾げ、宝条は笑う。
 大きなじゃがいもをスプーンで割り、静かに口に運ぶその様は、まるで 衰弱している病人のようだ。
 うまく咀嚼できないのか、ゆっくりと噛んでいる。
「・・・何か、飲むか」
「オレンジジュースは、あるかな。100%の」
「ない。作る」
 オレンジは、床に置かれたダンボール箱の中に、他の 柑橘類と一緒に入っている。 それをふたつに割り、そのまま搾り器で搾る。
 その間も、ヴィンセントは宝条を見張っていた。
 今の彼は、気が抜けた途端に、すぐに眠ってしまう。こうして食べている 状態というのは余計に危ない。
「ほら」
 ジュースを入れたグラスを差し出し隣に座ると、宝条がふと顔を上げ、小さく笑った。
「なぜ、そんな顔をする?」
「・・・え?」
「風邪をひいた子供を見る、母親のようだ」
 実際そんな目を見たこともないだろうに、宝条はそう例える。
 ヴィンセントは微かに目を伏せた。
 言われたとおりだからだ。
 放っておいたら、過労で倒れそうな、拒食症になってしまいそうな、 どこまでも不安定でぐらぐらとした男。
 普段は殺しても死なないだろうと思えるのに、こうして長い間研究に没頭してゆく 彼は、日に日に小さくなってゆくように見える。
 壊そうと思えば、すぐに叶いそうなほどに。
 だから。
 細心の注意を払って、ヴィンセントは彼を守ろうとしてしまう。
 なんとか、彼が生き延びられるように。
 彼が、サンプルに雑菌が入らないよう、気を遣っているように。
 たいせつに。たいせつに。
 そんなふうに、してしまうのだ。
「もう少し、寝ろ」
「・・・ひと段落、ついたらね」
「書類は、私が整理する」
「ありがとう」
「ジュースもしばらく、作り置きしておく」
「・・・ああ」
「あまり食べてないんだから、煙草は控えろ」
「・・・そうだな」
「・・・・・・無理も、するな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ヴィンセント」
「・・・なんだ」
「きみは・・・・・・、私のことが好きなんだな」
 柔らかな、絹糸のような声。
 そこに、からかいも冗談も含まれていないのは、すぐに解った。
 だから。
 ばか言うな。
 そう言うより先に、泣けてきてしまった。








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2005.09.25







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