荒野




 残酷さの影に、いつも哀しみが見えた。



 1人で姿を消したあの男を、私は追った。
 ミッドガルにいないだろうと踏んでいたが、そこに大した理由などはなかった。気まぐれで、 仕事を簡単に放り出す男の思考などに、理由はない。ただ、漠然と、そう感じただけで。
 主任達には、迎えに行ってくるという口上を述べて、私はあてもなくミッドガルから 車を出す。荒れた大地に、満月のせいか、車の長い影が伸びていた。



 肌寒い夜で、コートを羽織ってこなかったことを悔やんだ。黒いカシミアの マフラーに顔を埋め、私はただ荒野を走り続けた。車のデジタル時計は、午後8時を 表示している。今から会社に戻っても、どうしようもなかった。



 高さが1mほどある岩の上に、白い男は座っていた。
 横目でそれを見ながら、私は僅かに車を走らせ、Uターンして男の後ろに 車を停めた。月が、冷たく澄んだ空気の中に浮かび上がっている。だいぶ高くなったそれを 見上げたまま、白衣の男は動かない。
「こんなところまで、歩いてきたのか」
 どこにも、乗り物の影がないことを知り、私は呆れた。一体何時間歩いて、この男はここまで 来たというのか。
「・・・宝条」
 僅かにしか草の生えていない、腐った色の土を踏み、私は岩の隣に立つ。宝条は、 何も言うことなく、月を見上げている。
「皆が、探していた」
 白い服が嫌に寒々しく、襟足から覗いた項が白く見える。私は自分の黒い マフラーを外して、宝条の首にゆるく巻いた。そうされた男が、微かに私に視線を移す。
 彼は何も言わず、再び月を見上げた。
「いい岩が、なくて・・・、ずっと探して歩いていたら、こんなところまで 来てしまった。帰るにも帰れなくなって、途方に暮れて、こうして月を 眺めていた」
「・・・携帯が、あるだろう」
「そんなもの、持ち歩かないさ」



 帰りの車の中、宝条はマフラーを首に巻いたまま、助手席で眠っていた。
 皆が探していたなんて、嘘だ。呆れてはいたが、探そうとする人間など、いなかった。この男は その真実に、気付いているだろう。
 誰にも手を差し出せない、傲慢で尊大な性格。
 この気まぐれな逃亡が、彼の甘えだった。



 明日にはまた、残酷なお前に戻っていればいい。



 そうして疲れたら、どこへでも逃げろ。



 どんな場所に逃げても、私は必ず、見つけてみせるから。



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 博士が甘えられるのは、ヴィンセントだけだと思う。
 彼には、色々なものを見せすぎているから。



2004.11.19







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