B C Party

 



チョコレート




 2月14日という日は女にとって特別なのか、男にとって特別なのか、 ルクレツィアには解らなくなっていた。


 ルクレツィアにとってバレンタインなどというものは、年に一度の部門対抗ボーリング大会と 同じほどの意味しかなかった。力を入れるほどのことでもなく、だからといって 全く手を抜くのもどうかと思う、そんな程度のこと。
 ちなみに、ボーリング大会での成績は、化学部門は万年最下位。1位は一見兵器開発部門 のようだが、その実、毎年治安維持部門である。タークスの活躍のおかげだろう。
 それはさておき、ルクレツィアはその年も宝条とヴィンセントにチョコレートを 渡した。2人とも同じ中身のものである。
「まあ、恒例ということで」
 2人はそれを特別嬉しがる様子もなく受け取る。
 渡した彼女も常とは違う反応など期待してはいなかった。
 彼女が考えるのは、今日1日に2人が貰うであろうチョコレートの数である。今のところ、 ボーリング大会と同じように、ヴィンセントが毎年僅差で勝利している。
「今年はどうかしら」
 などとは、一言も言わない。
 男2人も無意識に考えてはいるだろうが、1日が終わるまでは決して口に したりはしなかった。
「おはようございます!」
 入ってきたのは、都市開発の女子社員。
(この子は去年もヴィンセントにくれたわね)
 ルクレツィアは冷静に分析をする。
「ヴィンセントさん、これ・・・チョコレートです。毎年迷惑かもしれないけど、 貰ってください」
 彼は営業用の微笑みを返す。
「迷惑なんて思ってない。いつもありがとう」
「い、いえ!お仕事頑張ってください!」
 頬を赤くした可愛らしい女子社員は一礼して足取り軽く退室した。どうやら、先制攻撃は ヴィンセントだったらしい。


 この勝負が意味するものを、ルクレツィアだけは知っていた。
 勤務時間が終わろうとしている時間になると、彼らは相向かいにソファに座って「戦利品」を 机の上に袋ごと置いた。
 そして無言でひとつづつ出して数え始める。
 それは暗黙の了解で、かつ不思議な緊張感があった。
 宝条が顔を上げる。
「17」
 ヴィンセントは薄く笑う。
「22」
 それだけで、この1日の意味は終わる。
「なぜ・・・ヴィンセントのような几帳面なだけが取り得の男がそんなに・・・」
「余計なお世話だ」
 宝条は心底悔しそうにチョコの山を眺めた。
 そんな彼の姿を見て、ルクレツィアは溜息をつく。
「よく毎年続くわね、そんなこと」
「なにがだ」
「22個のチョコを貰ったヴィンセントに 嫉妬してるんじゃなくて、ヴィンセントにチョコをあげた22人もの女に嫉妬してるんでしょ?」
 それは、ずばり確信だった。
 だが、彼は答えない。
「まったくもう。解らないわ、あななたち」
 この勝負の意味するところは、「負ければ嫉妬の念に苦しむ」ことにあった。相手の数のほうが多ければ、 より自分のほうが女たちに嫉妬をすることになる。
 ルクレツィアからしてみたら、全く意味のない勝負だ。
 だが、彼女は少しだけ愉快だった。
 無表情にしているヴィンセントも、宝条にチョコレートを渡した女が17人もいることに 複雑な気持ちなのだろう。それがルクレツィアには解った。
「好きなら好きって言えばいいのに」
「君は黙っていろ」
「怖いわね。そんなだから毎年ヴィンセントよりチョコが少ないのよ。悔しかったら 来年はヴィンセントにヤキモチ焼かせたら?」
 弁舌達者な宝条も、さすがにぐうの音すら出ない。
 彼女は綺麗にラッピングされたチョコの山を覗き込む。
「でもね、お2人さん。肝心なのは、本命をいくつ貰ったか、ということじゃないかしら?」
 宝条とヴィンセントは、はたと顔を合わせた。
 それは、本日2度目の確信。



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2004.09.11







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