B C Party

 



わからない




 2人は合い向かいになったまま、テーブルの上に両足を投げ出してソファに身を沈めていた。
 当然、テーブルの上に置いてあるものには手が届かない。
 宝条はヴィンセントを覗き込む。
「・・・ヴィンセント、煙草とってくれないか」
 そう言われた彼は、靴の踵で煙草の箱を宝条のほうに押しただけで、身体を起こそうとはしなかった。
 宝条も煙草を諦めたのか、それぎり動こうとはしない。
 お互いに靴の裏を相手に向けたまま、しばらく時間が流れる。
 2人はうつらうつらとし始めた。
 見かねたルクレツィアは、雑誌で2人の頭を叩く。
 彼らは同時に彼女を見上げた。
「あなたたち、本当に暇なのね。掃除でもしたら?」
 宝条は肩をすくめる。
「君が忙しいのは、先週提出しなかった報告書のせいだろう」
 彼女はむっとして、腰に両手をあてる。
「仲良く掃除しなさいよ。先週は私がしたわ」
 ヴィンセントは顔を背けた。
「なぜ私がこの男と・・・」
 宝条が鼻で笑う。
「私もこんな神経質な男と掃除なんか遠慮したいな。いつまで経っても終わらなさそう じゃないか」
「ならお前だけで掃除したらどうだ」
「どうして」
「あの本棚を勝手にいじると、怒るのはお前だろう。それなら、お前がやったほうが早い」
「私が怒ったのは、君が名前の順で並べたからだ」
「じゃあ、どう並べればいいんだ」
「種類別さ」
「全部科学の本だろう」
 退屈から始まった喧嘩は、低次元のまま留まっている。
 結局、掃除は始まりそうにもない。
 ルクレツィアは間に割って入った。
「なら、ヴィンセントはシンクの掃除、博士は本棚の整理、これでいいんじゃないの?」
 宝条は再び鼻で笑う。
「ヴィンセントにシンクの掃除でもさせてみろ。配水管の詰まりから始まって、コップ類を 全部漂白して茶渋を落とすまで帰らないさ」
 ヴィンセントの靴の踵が、宝条の煙草の箱を踏み潰した。
 どすんという音と、ぐしゃ、という音が混じる。
「お前こそ、本棚の整理などしないんだろう。今の状態でもどこに何があるか解るから 触るな、とかなんとか言ってな」
 煙草を潰された宝条は、彼を睨みつけた。
 だが、ヴィンセントも負けずに睨み返す。
 呆れたのはルクレツィアだ。
「もういいわ。私のほうが時間の無駄」
 溜息をついて首を左右に振る。
「そもそも、なんで今日はそんなにダラけてるの?」
 宝条とヴィンセントは、顔を見合わせた。
「・・・まぁ・・・」
「・・・大した理由じゃない」
 言葉を濁らせた2人を見下ろし、ルクレツィアは「ははぁ・・・」と声を出し、笑った。
 デスクに戻り、再びパソコンの画面に向かった彼女は、独り言のように呟く。
「そんなに仲が悪いのに、どうして・・・ねぇ・・・」
 その言葉に、宝条が返す。
「世の中、わからないことだらけだから科学者なんてのがいるんだ」
「そうね」
 宝条は靴のつま先で、ヴィンセントの足の裏をつつく。
「ヴィンセント、私たちみたいな人間がいるから、世の中の科学者は苦労するらしいぞ」
 彼は返事のかわりに、宝条の足の裏に、自分の足の裏を合わせた。



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 どんなに仲が悪くても、することはしている。
 そんな2人がわからないルクレツィアのお話。


2004.09.11







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