宿命と宿敵 【4】














 ヴィンセントの評判はそんなに悪くないのだと、宝条は10月に入ったある日、知ることになる。
 勤勉実直、冷静で任務にもミスは少ない。決して無駄なことは喋らないが、気遣いもあり、 優しいところがある。そんなことを、多くの人は噂している。
 それが、ヴィンセントの一部分でしかないということを、宝条は知っている。それは、 溝の反対側から彼を眺め、観察している宝条にしか理解し得ないことであった。
 ヴィンセントの優しさは、自己犠牲という保護膜なのだ。
 優しくしておけば傷つけなくて済む。
 そんな単純で、加害者になるのを恐れた男。
(そんなに綺麗な男ではない)
 姑息で卑怯で、小さい男だ。





 食事をした日から、もうだいぶ経とうとしていた。
 相変わらず無意味に、宝条はヴィンセントを観察しようとしに来る。
 ヴィンセントと宝条の付き合いは、入社してからであった。それから 現在に至るまで、互いの溝が深まる以外の進展は何一つしていないと言ってもいい。 だが、この数ヶ月で、事態はゆるやかに方向を変えて進行していた。
 それは、決して良い方向ではない。
 ヴィンセントは次第に、宝条という男に同情をするようになっていたのだ。それは、 彼らしいといえば実に彼らしい性質であった。
 宝条は他人を傷つける言葉を、まるで水でも飲むかのように簡単に言ってのける。だが、 同時に彼は自分を守る言葉も何一つ言わなかった。それが、ヴィンセントの 同情を引く結果になったのだ。
 ヴィンセントにとって、宝条の自己中心的な発言は時に「我儘」という言葉で 片付けられることもあった。それほど、愚かな科学者に憐れんでいたのだ。
 だが、ヴィンセントはそんな態度は億尾にも出さない。





 それから一週間後、その日はヴィンセントにとって意味があるような、またないような、 曖昧な日であった。ないといえば寂しく、あるといえば仰々しい、それが誕生日というものであった。
 そんな日に、彼は再び宝条と対峙をしていた。
 店も、食べる料理も、ワインも、何もかも同じだ。
 何かが違うといえば、互いの感情が違っていた。
 2人の間には、以前のような緊張感はなかった。無言の会話は存在していたが、 それが相手の腹を探るような類のものではなかった。
 そりが合わない相手だということに変わりはないのに、なぜか2人は相手のことを 理解し尽してしまったという、実に不思議な状況に置かれていたのである。
 ヴィンセントは、宝条のグラスにワインを注いだ。
 その日、ヴィンセントは目を伏せることはしなかった。宝条もまた、 そのことに気付いていた。いつものように、挑戦的な質問をすることもなく、 世間話だけが流れてゆく。
 相手が自分の深層部分まで理解しているだろうということを、 2人は薄々勘付いていた。だから、無駄な心理戦をする気にはならなかったのである。
 それは、「君は僕を理解してくれている」という 綺麗なものではなかった。実際はそのような気持ちだったのかもしれないが、 2人は自分の中にあるそのような感情を、今まで長い間持ち運んできた「嫌悪」 という言葉でねじ伏せていたのだ。





 それが宿敵という言葉で繋がる友情だということを、彼ら2人は未だ気付かぬままでいた。





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 2004年の9月に書いたもの。
 相手が嫌いで嫌いで仕方がないという、ヴィンセントと博士の話。
 基本的には互いが相手の腹を探りながらの心理戦です。
 ゲーム中であれだけ因縁深い彼らだけど、あそこまで仲悪くなれるのは、 逆に理解をしているからではないかな、とも思ったのです。


2004.09.09







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