宿命と宿敵 【3】














 どうして自分がここにいるのか解せぬ様子のヴィンセントは、ただ黙って自分の目の前に 運ばれてきた食事を消化するだけであった。同じように目の前に座っている宝条は、 凝っと彼の仕草を見つめている。
 男が2人、無言で食事をする様は、傍から見たら滑稽かもしれない。だが、 この2者の間には無言の駆け引きのようなものが存在していた。理解し得ない、したくない、 そんな者のことを嫌が応でも理解をしてゆく奇妙な感覚。
 宝条はワイングラスを置いた。
 同時に、ヴィンセントが自分のグラスを持つ。三分の一ほどになったそれを持つと、 宝条はワインボトルを彼に差し出し、注いだ。ヴィンセントはそれを拒否することもなく、 注がれる液体を見つめた。
 ヴィンセントも宝条も、血の巡りが悪い部類には属さなかった。巡りだけであるなら、 2人は同じ程度であるだろう。
 宝条は口火を切る。
「今度、神羅屋敷に移る話は聞いたか?」
「ああ・・・ガスト博士が主任ののプロジェクトらしいな」
「彼もプロジェクトを1つ立ち上げられるほど偉大になったというわけだ。 見習いたいものだな」
 そこに皮肉が含まれていることが解るヴィンセントは、相槌を打たずにワインを一口、口に含む。 赤ワインの酸味が、舌を刺激した。
「君も来るらしいな」
「ああ」
「これからは寝食共にする仲だ。よろしく頼むよ」
 ただ聴けば好意を表した言葉であったが、それは決してそんなものではない。ヴィンセントは 再び口を閉ざした。
 宝条は彼の寡黙さに内心辟易していた。
 最初から知っていることではあったが、その無言と無表情の中からヴィンセントの 思考を読み取るのは、実に難儀であった。
「今回のプロジェクトは、最終的に人体実験にまで手を出すことになりそうだと、 君は知っているか?」
「・・・いや」
 ヴィンセントは眉間に皺を寄せる。
「どんな理由があっても、人体実験なんて・・・」
「君ならそう言うだろうと思ったよ」
「宝条は、どう思うのだ」
「今後に必要なら、すればいい」
 宝条の言葉は、さも当然というようにヴィンセントの耳に届いた。人を傷つけることに 抵抗がない人間なのだから、その答えは至極当然だが。
「君は善人だね、ヴィンセント」
「人として、当然のことを言っただけだ」
「・・・私が人ではないとでも?」
 人外だ、とヴィンセントは感じた。
 時折冷たい色の瞳が放つ、野望にも満ちた光はヴィンセントの 心臓を凍えさせる。
 対峙する2人の間には、草地によって隠された深い溝があった。それを 作り上げたのは2人であったが、彼らにはそれを平らにする気などなかった。相手にも、 そんなことを望んではいない。だが、その溝は皮肉にも相手を遠くから眺める結果を 2人にもたらす。近くにいる分には解らない全貌を、 あまりにもはっきりと認めなくてはならなくなった。
 その事実を、2人は感覚的には解っていても、なぜそうなるのかが解らず、 曖昧な理解だけが募ってゆく。
 それは、2人に焦燥を与えた。



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2004.09.09







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