B C Party

 



宿命と宿敵 【2】




 ヴィンセントは敵を作るまいとする、保守的かつ内向的な性格であった。傷つくことよりも、 傷つけることを恐れ、それが人との接触を拒むような行動に繋がる。結果、彼は他人との コミュニケーションをとることが下手であった。
 余計な言動が人の反感を買い、不快感を与えることに恐れる。
 見ていると苛々するような性格の代表だと、宝条は感じた。
 そんな人間を監察するのは、一層ストレスが溜まる。


 宝条は、己が探究心のためなら何物をも省みずに突き進むことができる人間だった。結果に 至る過程に於いてどれ程のものを踏みにじり、また傷つけたとしても、彼は決して その道を振り向いたりはしない。他者に無関心で、冷酷で、温かみのない人間。
 ヴィンセントは、心の中に隙間風が吹くような気がした。


 宝条は、自分とは正反対の生き物に、多少の興味を示していた。それは、関係を深くしたいなど という人間的なものではなく、未知の生物に対する反応に近かった。自分からは想像もつかない思考回路を、 覗いてみたい気分になったのだ。


 秋風が本社にまで届く、9月の終わり。その日は週末で、早々に帰社する人間も多くいた。 その中で、ヴィンセントは1人報告書を作成していた。
 彼はデスクに座り、黙々とパソコンのキーを叩いている。背後に人が立っていることには、 数分前から気付いていたが、彼はわざと気付かないふりをしていた。
 立っている男もまた、ヴィンセントが気付いているのだということを解っていた。それでも 気付かないふりをしているという、なんとも間接的な嫌がらせが、ヴィンセントの性格を 現していた。
 だが、宝条もまた、じっと彼の背中を射るように見つめる。
 生理的に嫌いな者に近づかれた人間は、どのような態度に出るか知りたかった。そして、 穏便な彼の堪忍袋の緒は、どこで切れるのかということも。
 20分後、ようやくヴィンセントは振り向いた。
 平生を装っているように見えたが、表情のそこかしこには嫌悪が滲み出ている。宝条はその顔を 見て、20分間をドブに捨てた甲斐があると感じた。そういう性格の男なのだ。
 ヴィンセントは息をつく。
「いつからそこにいたんだ?」
 そんなわざとらしい問いに、宝条もわざとらしく笑う。
「いつ気付くかな、と思ったよ」
 そんな化かし合いに、2人は顔を引きつらせる。
 出会ってから数年。彼らはそんな化かし合いを度々していた。だが、今は 僅かに変化が出ていた。それは、互いに猫を被るのではなく、互いが嫌悪し合っていることから 発展する関係になっていた。
 この関係は、楽だ。
 お互いが嫌いだと解っているのは、案外気持ちが軽い。とはいっても、それなりの ストレスを被ることに変わりはないのだが。
「用がないのなら、邪魔をしないでくれないか」
「用ならあるさ」
 そう言ったが、宝条は言葉を続けなかった。
 ヴィンセントはのほうにも、その用がなんなのか知りたい気持ちはなかった。だが、 こういう場合には空気の調和を保つために「なんだ」と訊いてしまうのが、 ヴィンセントの性質とも言えるものだった。
 宝条はドアに凭れたまま腕を組む。
「なに、週末の食事に君を誘いに来ただけさ」
「ありがたい話だが、遠慮する」
 そう返しながら、ヴィンセントは近くにあった黒いディスクをパソコンに入れる。機械が データを読み取る音が、部屋に響いた。
「つれない子だな」
 子、と言われたことに、ヴィンセントは虫唾が走る。
 これ以上この男と会話をしたくなかった。
「私は断ったんだ。出て行ってくれ」
「この後の予定もないのだろう。仕事も終わったようだ」
 ここで「お前と行きたくないのだ」ということをハッキリと言うほど、 ヴィンセントは子供でも露骨でもなかった。あくまで丁寧に、こちらの 落ち度がないように接するのが、彼の流儀だった。



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2004.09.09







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