B C Party

 



宿命と宿敵 【1】




 辛気臭いを顔をして、不満とも満足ともいかない態度で仕事をしているタークスの男を、 宝条は半ば蔑視していた。 伸ばした 前髪から覗く湿気を含んだ赤い視線が、宝条の目をさらに冷たくさせることに、その男は 気付いていない。
(伝染病でも染りそうだ)
 時に宝条は、そんなことすら考えた。


 気遣い、優しさ、思いやり、慈愛。
 それらのものが全て欠けている人間などいない。そう教わったのは、 どれだけ幼い頃だったか、ヴィンセントは覚えていない。
 だが、そんな人間がいた。どこからどう見ても、全て欠けているとしか思えない態度の 男が、ヴィンセントの目の前にいる。
 彼もまた、宝条を蔑視した。
 いや、嫌悪という言葉のほうが近いかもしれない。


 互いが正反対だと、彼らは理解していた。
 だが、相手が自分の持ってないものを持っている羨望などは、持ち得なかった。それらは全て、 欠点に他ならないと思っていたのだから。
 ウマが合わない。
 そりも合わない。
 合わせる気も、まったくない。
 宝条はヴィンセントが目の前からいなくなってくれれば、視界が 随分すっきりするだろうと考える。ヴィンセントは、宝条が いなくなれば、世の中だいぶ生き易いだろうと考える。
 そんな2人の性格が、友情を育むはずがなかった。


「まったく、ガスト博士の仮説は当たっているのか・・・」
 そんな言い方を、よく宝条はした。
 否定するでもなく、肯定するでもなく、相手の意見を待つ。ヴィンセントは相手を 探るようなそんな態度が嫌で、「仮説だから」と言葉を濁した。
 宝条もまた、そんなヴィンセントの態度が忌々しかった。無難に やり過ごそうとしているのが、目に見えて解る。彼はさらに追い討ちをかける ことにした。
「君は、当たっていると思うか?外れていると思うか?」
 ヴィンセントは表情を変えなかったが、内心うんざりとしていた。こうして挑戦的に 自分に喋らせようとする姿勢が、そもそも嫌いだったのだ。
 彼は無意味とは解っていたが、
「君はどう思っているんだ」
 と切り返す。
 宝条は一瞬で醒めた表情になった。
「当たらないと思っているさ」
 いや、当たらないことを願っている、というのが本音だろうことを、 ヴィンセントは薄々感づいていた。そんな男だ。
 ソファに向き合って座ることに苦痛になってきたヴィンセントは、視線を そらしたり、煙草の灰をしきりに落としたりと、落ち着きがない。だが、宝条は 容赦なかった。
「それで、君はどう思うのかな?」
 ヴィンセントはまた目をそらす。
「・・・私は、科学者じゃないから、解らないさ」
「はは。そうだったね。君は科学者じゃない」
 宝条は、さらにヴィンセントを軽蔑する。
「私はハッキリと答えが出ないと、落ち着かなくてね」
 ヴィンセントのような半端者には苛々するのだという意味が、 言葉の奥にありありと読み取ることができる。だが、そのまま 引き下がるにはあまりにも皮肉を言われている気がしたヴィンセントは、 目を伏せたまま呟く。
「・・・未来に答えなど、出るはずがない」
 半端なことばかりを言ってはいたが、それがヴィンセントにとって、 今最もはっきりと解っていることだった。
 宝条は肘掛に凭れて、彼を凝視する。
「私は、未来のことが解らないから、科学者になったのさ」
 話の流れが読めずに、ヴィンセントは微かに目を上げた。相変わらずの 不遜な宝条の顔が、目の前にはある。この意味のない問答から、さっさと抜け出したかったが、 ヴィンセントの渡した書類に宝条が目を通さないことには、彼もまた 部屋から出ることは叶わない。
「今、ひとつ解ったよ」
 宝条はやっと書類を手に取る。
 ヴィンセントは、その解ったものがなんなのか、宝条に聞き返す気にはならなかったが、 そこで聞き返さないのも場の空気が悪い。
 仕方なしに口を開く。
「なにが、解ったんだ」
 宝条は書類から視線を上げて、薄く笑う。
「人の人格に、死ぬまで答えは出ないということさ」
 最悪なまま変化をしないかもしれない。
 もしくは、人格者に変わるかもしれない。
 それをどこまで変えることができるのか、謎だろう。
「・・・・・・・」
 自分のことを言われているのだと、ヴィンセントはハッキリと感じとった。相手にとって、 今の自分は最悪な性格だということだ。
 彼は宝条がサインした書類を受け取り、立ち上がる。
「科学者としての、自然な探究心さ」
「・・・私には関係ないし、興味もない」
 ヴィンセントは宝条に背を向けたまま、吐き捨てた。
 だが、宝条のかみ殺したような笑い声が、ヴィンセントを振り向かせる結果に陥る。
「君の傍にいることにしよう」
 それは、悪魔の好奇心だった。



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2004.09.09







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