B C Party

 



樹海への招待




「人生に迷った者が、最後に迷うのが、樹海さ」
 背後にいる男は、呑気にそんなことを言っている。
 おおかた、どこかの詩人の受け売りだろう。
 ヴィンセントは男を無視して、磁石を確認する。
「誰にも見つからずに彷徨うことで、人生の中で出会うだろう人々へ 想いを馳せるのさ」
 磁石は、相変わらず効いていない。もうかれこれ6時間は歩いただろうが、 目的のフラワープラングどころか、タッチミーすら見つけられない。
「・・・宝条」
「私はここで人生の儚さを知ったよ」
「儚さはいいが、どうやら遭難したらしいぞ」
 ヴィンセントは原生林の根に腰を降ろし、煙草を出す。
「遭難。それこそが樹海の醍醐味だ」
「・・・お前・・・」
 ヴィンセントは火をつけた煙草を、宝条の額に押し付けてやりたい衝動に駆られる。
 そもそも、この男が贅沢を言わなければ、こんなことにはならなかった。ゴンガガエリアの 樹海で、フラワープラングを見つけたいなどと、言わなければ。
「磁性溶岩地帯らしい。磁石が全く効かない」
「そうか」
 宝条も呑気に煙草を吸い始める。
 ヴィンセントは苛々した。
「人生に迷ってもいないのに、樹海で迷うとはね」
「お前のせいだ!お前の!」
 磁石があれば平気だ、なんて軽く言う宝条の言葉を信じたのが間違いだった。 一時間ほど歩き、気付くと磁石は使い物にならなくなっていたのだから。
「なんでお前はそんなに適当なんだ・・・!」
「いつでも真剣さ。今回フラワープラングを探そうとしているのは、 今までの実験の集大成でもある・・・」
「いい!そんなことはどうでもいい!」
 見渡す限りの鬱蒼としたジャングル。
 どこからか聴こえてくる鳥の鳴き声。
 生い茂った木のせいで、太陽の方向すら解らない。
 ゴンガガの樹海は、バカでかい。世界随一と言われるだけあるが、特に用がなければ誰も 近づかない、自殺の名所でもある。
 ヴィンセントは、宝条も憎かったが、自分も恨んだ。
 自分さえ、この男を信用しなければ。
「そうだ・・・宝条の言葉など、99%は信用できないのに」
「今、さりげなく酷いこと言ってないか?」
「とりあえず、本社に連絡する」
「そんなに慌てずとも、もう少し樹海ライフを楽しもうじゃないか」
「お前と心中ごっこなんか、真っ平だ」
 ヴィンセントは、神羅の非常用携帯電話を取り出す。
 独自に張られた電波を使用するために、圏外となる場所はほとんどない。たとえそれが、 磁性溶岩地帯のど真ん中であっても。



 宝条は白衣の裾についた草を指で摘み、吹き飛ばす。
「本社からは何人が来るんだ?」
「・・・さあな。捜索は、かなりの金を取られるぞ。覚悟しろ」
「そうなのか」
「1人1日に1万ギル。50人が2日間捜索したら?」
「・・・100万ギルも取られるのか」
「そうだ」
 宝条は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ヴィンセント、7:3でどうだ」
「・・・何がだ」
 嫌な予感がして、ヴィンセントは眉を寄せる。
「払う額さ。君が70万ギル。私が30万ギル」
「は!?」
 思わず、声が裏返りそうになる。
「私はまだしがない研究員だ。給料だって大したことはない。その点、君はタークスだろう」
 宝条は笑顔でそんなことを言う。
 ヴィンセントは疲れを忘れて立ち上がった。
「元はと言えば貴様が原因なんだ!こちらが3ならわかるが、なぜ私が70万も 払わなくてはならないんだ!」
「まあまあ。社員だと、もう少し安くなるかもしれないだろう」
「それでも私が7なのは嫌だ!」
「私も物入りの時期でね。先日も友人の結婚式が立て続けに3つも入ってしまって」
「嘘つけ。バカ高い手術器具をセットで買っただろう」
 宝条は目をそらす。
 ヴィンセントの詰問は止まらない。
「そのくせ、光学顕微鏡なども注文しただろう」
「そ、それは今は関係ないだろう」
「それをキャンセルすれば、70万など安いはずだ」
 ずいと顔を寄せて、ヴィンセントは宝条の襟首を掴む。



 次の日の昼過ぎ。
「早く見つけるんだ!二人とも軽装だったらしいからな!」
「昨夜はだいぶ冷えたから、すぐに保護を!」
 神羅の兵士たちは、森の中をかきわけ、必死で進む。
 足場が悪く、息が上がる。
 そんなときに、森の奥から声が上がった。
『発見しました!』



 本社までの車の中、宝条は頭を抱えたままだった。
「博士、ご気分でも悪いんですか」
「・・・・・・私の光学顕微鏡・・・・・・」
 掠れた声は、エンジン音にかき消される。
 ヴィンセントは薄く笑い、手に握った紙を兵士に見せる。
『わたくし宝条は、先日注文した光学顕微鏡をキャンセルして、捜索費の70%を支払うことを、 こに約束します』
 そう書かれた後には、署名と血判。
 1人の兵士は、こう思う。
(こんな議論をする元気があったのか・・・)
 もう1人の兵士は、こう思う。
(なんで、5:5とは考えないんだろう・・・)



 2人の関係に「譲り合い」という精神は存在しないらしい。



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 仲が悪い二人が好きです。少々コミカルにしてみました。
 ちなみに、捜索願いを出して捜索を頼むと、本当にこのぐらいかかるらしい。怖いですよね。


2004.09.09







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