死という名の、きみ

















 小雨の降る夕刻。

 緑の小さな丘の上。

 わたしは、きみの葬儀に参列する。

 黒い服を着て、一輪の白い薔薇を手に握り、数少ない弔問客に混じる。

 皆一様に、きみの胸の上や、手の上や、身体の横に、美しい薔薇を置いてゆく。

 なんの言葉もかけず、涙も流さず、ただ無言で、その作業は行われていた。

 列の最後尾に立ち、わたしはその光景を見つめていた。

 傘を深くさし、足早に去ってゆく男。

 ハンドバッグを強く握り、目を伏せてゆく女性。

 生きている者たちは皆、穢れた魂が付着することを拒んでいるように見えた。

 棺桶から離れた場所で、牧師がひとり、こちらを眺めている。

 彼はまだ若く、木にもたれて煙草を吸っていたが、それを不謹慎だとは思わない。

 きみに対してならば、それですら清い判断かもしれない。

 退屈そうな牧師から目を戻すと、既にわたしの前には誰もいない。

 棺桶の中には無造作に薔薇が散らばっていた。

 絹のような花弁は霧雨の細かな水滴をはじいている。

 その中で、きみは静かに、横たわっている。

 目を背けたくなるほど美しい光景だった。

 わたしは自らの手にある薔薇を、きみの手に握らせる。

 胸の上で組まれた手は、想像以上に白く、そして、冷たかった。

 わたしは、きみの穢れた魂を恐れはしない。

 既に1度、きみの手にかけられたこの命だ。

 これ以上きみに穢されることもなければ、それを拒むこともない。

 静かに組まれた手に触れたまま、わたしは祈る。

 きみの魂が、神の元で安らかに眠ることなどないように、と。

 きみが憎み、反逆を起こそうとすらした存在。

 そんなところに、きみが逝くことのないように、誰よりも強く、祈った。

 きみが救われる必要はない。

 望むべくして、無の場所に帰すように。

 長く、強く、祈る。

 それらを終えて眼を開いても、きみの瞳は硬く閉じられたまま、冷たい雨を受けている。

 愛された記憶も、憎まれた記憶も、すべてが抜けた亡骸。

 血の色を失った口唇には、申し訳程度に薄く、紅が塗られている。

 身を屈め、白い薔薇を握りつぶし、わたしはきみに口付ける。

 その一瞬に望んだことを、きみは、責めるだろうか。

 愚かだと笑うだろうか。

 それでも、たしかな願望だったのだ。

 儚くも強い、最後の望みだったのだ。

 きみが生き返ってはくれないだろうか、と、いうことが。













 以前、日記に書いた小さな話。
 絵を描いているときに思いついたものです。

 わたしは、天国も地獄も、できることならあってほしくないです。
 死は「無」であってほしい。
 そんなことを考えています。
 といっても、昔から天国や地獄なんて信じていなかったのですが。


2006.09.20







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