視界

















 宝条は、ソファやデスクでうたた寝をするとき、眼鏡を外さない。
 外すことを忘れているのか、ただ面倒くさいだけなのか、ヴィンセントは知らないし、尋ねた こともない。
 ただ、幾度か壊してしまったことがあるので、それに気付くと、いつも 外してやるようにしている。
 その日もまた、宝条は机に伏せて寝ていた。
 腕に顔が押し当てられ、眼鏡は変な方向に曲がっている。その蔓をそっとつまみ、 相手を起こさないように外す瞬間。
 ヴィンセントはいつも、緊張する。
 外したものを光にかざし、汚れていないことを確かめ、そして、そっとそれをかけてみる。だが、思いがけず 強い度に、彼は眉をしかめて外した。
 宝条の眼が悪いことは知っていたが、察するに、かなりの悪さだ。
「・・・こんな強いものをかけなければ、補正できないなんて」
 かわいそうなやつだ。
 呟き、蔓を畳んで机に置く。
 それを僅かの間見下ろし、ヴィンセントは目を眇めた。
 この眼鏡で補正して見るものは、一体なんだというのだろうか。
 書類や、パソコンの画面や、道路標識や、・・・人の顔。
 この、眼鏡というものは、遠視や、近視や、乱視も、補正してしまう。
 本来の自分の視界すら忘れさせてしまうほどに、正確に。
「・・・お前は、心にも眼鏡があれば、いいのにな・・・」
 そうすれば、もっと、別の美しいものが見えるのかもしれないのに。
 傷つける方法ばかり、知らないで済むかもしれないのに。
 そんなに醜い心も、知らないうちに忘れられるかもしれないのに。
 呟き、彼はそっと、眠る男の睫毛を撫でた。












 私は、裸眼で文字のピントが合う距離というと、だいたい30cmです。そのぐらい ひっつかないといけません。先日、裸眼で色々見てみたら「私ってこんなに 視力落ちてたんのか!」と驚愕しました。そして、思いついた話。



 2006.02.02




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