冬とカード

















 いつだったか、こう言っている人間がいた。
『頭の良い人間とは、記憶力の良い人間である』
 一概には決められないことだが、ヴィンセントはそれにも一理あると考えている。少なくとも、 頭が良いという条件のひとつには当て嵌まる。
 自分の目の前で、並べられたカードを睨んでいる男もそうだ。
 彼は恐らく、頭脳明晰である。
 恐らくというよりも、実際そうなのであろう。
 同じ科学者という立場でない分、それが解らないだけで。
 クラスメイトか何かであったら、一目置くほど優秀なはずである。
「これだ」
 言い、宝条は2枚のカードをめくる。
 ハートのキングと、スペードのキング。
「もう1度私だな」
 にやりと笑い、宝条は再び顎に手を添える。
 ヴィンセントはなかなか自分の番が来ないことに眉を寄せた。
 そしてもう1度考え始める。
 記憶力が良いということは、すなわち、飲み込みが早いということだ。1度言ったことを、 復唱せずに記憶することができる。
 仕事ができる人間というものは、大概そうではないか?
「ああ、違った」
 その声に、ヴィンセントは背もたれに預けていた背中を起こす。
 それまでの流れを思い出しながら、カードの在り処を考える。
 几帳面なヴィンセントが並べたそれは、テーブルの端から端までを贅沢に使い、 きっちり順序良く並べられている。
「宝条、ひとつ訊いてもいいか」
「カードの場所以外なら」
「この間、私が好きだと言っていたスコッチを覚えているか?」
「なんだったかな。ひとの酒には興味がないものでな」
 これである。
 ヴィンセントの好みや嗜好を憶える気が、全くと言っていいほどない。
 仕事のほうに、記憶力をむしりとられているに違いない。
 いや、その考えは正確ではないだろう。
 仕事に関わる人間であっても、彼は平社員の名前など記憶の片隅にすら置いていないのだ。名前など、 全て記号化すればいいと常々言っている男である。
 そんな男に、ヴィンセントの好みなどは記号にすらならないだろう。
「お前の番だ」
 再び背もたれに身体を預け、息をつく。
 既に宝条は7ペア。自分はまだ2ペアである。
 神経衰弱など、本当に衰弱するだけのゲームだ。
 考えてみれば、宝条といること自体が神経戦のようなものだ。相手の罠にはまり、徐々に 疲弊してゆくことを考えれば。
 宝条は10ペアを取ると、休憩とばかりに煙草を咥える。
「そういえば、先日お歳暮でワインを貰ってね」
 ソファの横にあったらしい紙袋を持ち上げると、カードの上には乗らないように、 ずいと差し出す。
 ヴィンセントはそれを受け取り、箱だけを取り出した。
「私は飲まないから、君にやろうと思ってな」
「・・・セレプレージュじゃないか」
 それは、随分前――1年近く前だろうか――に2人で食事をしたとき、ヴィンセントが ひどく気に入った食後酒だ。
 箱から瓶を取り出し、ヴィンセントは目を伏せて微笑む。
 ――お歳暮などという習慣、ミッドガルにはないというのに。あったとしても、くれる相手 などいないだろうに。
 しかしそれを言うのは、アンフェアだと考える。
 贈る側が同時に相手を騙そうとするならば、騙されるべきだ。
 特に、今回のように記憶力の賜物と思えるべきものならば。
「いいのか?」
 その時だけは嬉しさを顔に出し、ヴィンセントは尋ねる。
 宝条は、どうぞと言うように肩を竦めた。
「クリスマスにでも飲めばいい」
「それはだめだろう」
「なぜだ?」
「本来は、お前が貰ったものなのだから、ふたりで飲むべきだ」
 くれた相手に感想を求められたら、どうするんだ?
 そう言って、もう1度微笑む。
 普段は相手の好みなど何一つ考えないくせに。
 それでいて、時々考えたかと思えば「偶然もらったから」という素振りを見せて、 愛情などは微塵も渡してはくれない。
 だからこそヴィンセントも、口実を作らねばならない。
 仕方なくふたりでワインを飲まねばならない、という言い訳を。
「さて、次のカードはどこだったかな」
 身を乗り出して、宝条はさっきよりも少しだけ楽しそうに、呟いた。















 2005.12.29




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