食事

















 静かに、正しく、彼は食事をする。
 マナーをひとつも破ることなく、それでいて、気取ったりしない食事の方法。それを、 宝条は非常に好もしく思う。
 今いる店のように、気軽な服装では入れないような所でも、 焼き鳥がうまい路地裏の店でも、スモッグを大量にかぶっているであろう、道端のホットドッグ屋でも。
 ヴィンセントという男は、その場所その場所で、「正しく」食べる。
 残さずきちんと食べ、きちんと飲む。
 串ものを食べるときは、丁寧に串から外す。それでいて、時には串ごと かぶりついたりする。ホットドッグも、無駄に大きくそれほど うまいとは言えないハンバーガーも、口元が汚れることを気にしない様子でがぶりといく。 そして、とても美しい仕草で、汚れた口唇を拭うのだ。濃紺のハンカチや、白すぎる指や、赤い舌で。
 そういうところが、すきなのだ。
 美しい。
 そう思える人間との食事。
 相手のグラスにワインを注ぎ、宝条は両肘をついて微笑む。
「どちらの家に帰ろうか。それとも、ホテルがいいか?」
 ちらりと宝条を見て、すぐに視線は伏せられる。
 食事の終わりを告げるナイフとフォークは、無駄に汚されることの なかった皿の上に、きれいに並んでいた。
「好きにしろ」
 栄養というものを身体に収めた男は、興味もなげに言う。
 本当は、互いの答えは決まっているのだ。
 今晩帰るべき場所は、ヴィンセントの部屋だろう。
「なかなか、良い店だったな」
 言われ、ヴィンセントは口元が綻ぶ。
「いい鴨肉だった」
「また来るか?」
「そうしよう」
 そうは言っても、ふたりが食事に来ることは、滅多にない。
 宝条が『食事』というものに関心を持たないからだ。
 それでも時折、ふたりは外で食事をする。そういうときは大概、宝条から 誘うようになっている。
 宝条は、ただ、彼の食事を見ていたいのだ。
 それだけのために、特別興味もない食事に誘う。
 食べるものが美味かろうが不味かろうが、彼にとっては栄養に なりさえすればなんだって良いのだから。





 ヴィンセントのセックスは、食事と同じだ。
 そう気付いたのは、いつだったろうか?
 正しいのだ。
 嫌味ではない程度のマナーを重んじ、気取らない程度に乱れる。
 愛撫も、求め方も、感じ方も、顔の歪め方も。
 無意識なのだろうが、ひどく正しく、美しい。
 こうして、自分の横で額の汗を拭う様も、食後に口元を拭うのとなんら 変わらないように思える。
 宝条は煙草の煙を細く吐き、そんな彼を見下ろす。
「食事のあとも、セックスのあとも、煙草はうまいものだな」
「・・・そのふたつを一緒にするな」
 ほら。無意識だ。
 肩をすくめて、宝条は謝るような、呆れるような顔をした。
 ヴィンセントは身体を起こし、中指で額の汗をついと拭う。
 それだ、と言いそうになって、宝条は口を噤む。
 一緒にするな、だと?
 そう思わせるのは、君以外の何者でもないというのに。












 セフィロスの左利きは、博士ゆずりだといいな。



2005.10.09




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