女なんて







 蒼白の頬に、背後から伸びた指が触れる。
 手の持ち主は、レノ。
 頬の持ち主は、イリーナ。
 触れられたことに何の反応も示さず、イリーナはデスクワークを続けている。時たま、 震えるように息が継がれた。
「具合悪いなら、帰ったらどうかな、と」
 冷たい頬を撫でて、レノは言う。
 だが、彼女は小さく首を左右に振るだけだ。
 今にも倒れてしまいそうなほど、その仕草は弱々しい。
 その頼りなさが、糸のようにレノの心を縛り上げた。
 彼は壊れ物に触れるように、彼女の身体を抱き締める。いつもならばしないような、 そんな優しさを以って。
 口唇で触れる頬は、指で触れるよりも一層冷たかった。
 そんなレノの行動に、イリーナはようやく口唇を開く。
「・・・女なんて・・・、身を削るばかりです・・・」
「は?」
 息を継ぎながら、イリーナは自分に回されたレノの腕に触れる。
「・・・毎月、毎月、血を出して・・・。子供を産むために己の身体を 犠牲にして・・・」
 それでも、社会的に認めてなどもらえなくて。
 非力だとばかり、思われている。
「女なんて、やめてしまいたい・・・」
 そう呟く彼女の声に、いつものような覇気はない。
 それが貧血のせいだろうということは、レノも理解していた。
「・・・だから、具合悪いなら、休めばいいだろ、と」
「そんなの・・・!」
 唐突に、イリーナは振り向く。
 苦痛と倦怠感に、その顔はさらに歪む。
「・・・そんなの、逃げてるみたいで、嫌なんです・・・」
 レノの腕に指を食い込ませて、彼女は目を伏せた。
 苦痛だけではない。
 女としての屈辱を、彼女は知っていた。
「先輩は・・・、生理痛とか貧血の苦しさなんて、知らないんです」
「・・・そりゃ、知ってたら怖いぞ、と」
「だから・・・、どんなに悔しいか、解るはずないです」
 女としての悔しさなんか、絶対に。





 女に生まれて、耐えることを余儀なくされる苦しみ。

 あなたはそれを、知らない。

 一生、知ることも、ない。





 瞳を開くと、そこは、白い天井。
 そして、視界の端には、自分を見下ろしている赤い頭の男。
 そこは、どこでもない。いつものタークスのオフィスだった。
「・・・あれ?・・・なんで・・・」
「お前、急に倒れるからびびったぞ、と」
 イリーナは身体を起こそうとしたが、それは叶わなかった。まだ、身体に血が 行き渡っていない。
 特別柔らかくもないレノの太腿に頭を乗せて、彼女は再び息をつく。
「・・・すいません・・・、迷惑、かけて・・・」
「別に迷惑だとは思ってないぞ、と」
 骨ばった指が、彼女の前髪に触れる。
 その感触に安堵しながら、イリーナは目を閉じた。
 失われている血が満たされるように、安らかに。
「・・・お前は、女なんかっていうけどな」
「・・・・・・え?」
「こっちからすれば、男なんかって気分だぞ、と」
「なんで、ですか?」
「・・・・・・さあな、と」





 今、この場所で何もしてやれぬ無力感。

 倒れた女を動かしていいのかも解らない感覚。

 途方に暮れて触れるしかない、そんな、気持ち。

 おまえはそれを、知らない。

 一生、知ることも、ない。





「先輩」
「あ?」
「もう少しだけ、こうしていてください・・・」
「・・・・・・」
「血がない時って・・・、怖いんです」
 だから・・・、触れられると、安心するんです。
 それだけで救われる気が、するんです。
「・・・つーか、それぐらいしかすることねぇぞ、と」
「なら、ちょうどいいじゃ、ないですか」
 そう言って、イリーナは僅かに微笑む。
 それは、レノがその日初めて見た、彼女の笑顔。
「・・・先輩、煙草吸ってもいいんですよ?」
「・・・・・・切らしてる」





 そんな、気遣いという名の小さな嘘。





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 今月の生理は、近年稀に見る酷さでした。
 3日目にしても腹は痛いし貧血だし。
 そんな中で思いついた話です。
 レノさんが妙に優しくなってしまいました。



2005.03.20





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