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ラジオ







 彼の部屋には、何かがないと思った。
 なくても困らないが・・・、あるほうが自然なもの。
 だが、彼の部屋にない「それ」は、ないほうが自然だ。
 だから、今までそのことに気付かなかった。
「あ、テレビ」
 独り言のような女の言葉に、レノは目だけを上げる。
「なにが」
 持っていたティーカップを置き、イリーナは再び部屋を見渡す。
「先輩の部屋、テレビがないんです。気付きませんでした」
「今さら?」
「ないのが、普通のような気がして」
 言われたレノは、小さく笑い、何も言わない。
 彼にとって、テレビがないのは当然のことであった。
「昔から、ないんですか」
「いらないからな、と」
「情報とか必要なとき、どうしてるんですか?」
 ・・・そんなことを訊かれたのは、初めてだった。
 どうでもいいだろうと言いそうになり、止める。
 女は、どうでもいい話が好きな生き物だ。
「ラジオがあるから、困らないぞ、と」
「でも、それだけじゃ」
「・・・色々見るのとか、面倒だからな、と」
 そう言って、レノはちらりとベッドサイドに視線を移す。つられて、イリーナも その方向を見る。
 その視線の先にあったのは、一台の古いラジオだった。
 小さく赤いそれは、とても使えそうにないほど古い。アンティークものではないかと 勘違いしそうなほど古く、それでも、彼女はその存在に今まで気付かなかった。
 モノトーンのこの部屋で、赤いものなどレノの頭だけだと思っていたのに。それなのに、 そのラジオは彼女の思い込みを裏切った。
 テレビがこの部屋にないことが自然だったように。
 そのラジオもまた、あまりに当然のようにそこに在った。
「ラジオ、あったんですね」
「古いけど、壊れないぞ、と」
 そのラジオから視線を外して、レノは煙草を咥える。
「目、閉じてても聴けるからな」
 だから、ラジオのほうがいい。





 情報は、得ようとすると疲れる。
 だから、ほっといても身体に入ってくるものがいい。
 そんな横着な理屈を並べて、レノは笑う。
 彼が愛するものは、邪魔にならないものたち。
「・・・私も、ラジオになりたい」
「は?」
 あの赤いラジオのように、そこにいることが当然のようになりたい。
 目を閉じていても、風の音のように、気付くと身体の中に在るような。
 そんな存在の仕方を、したい。





「おまえじゃ、ラジオの代わりは務まらねぇぞ、と」
「そ、そりゃ、情報なんか喋れませんけど」
 水を差されたイリーナは、小さく口唇を尖らせる。
 揚げ足を取るのが好きな男は、そんな恋人の顎に触れた。
 からかうような視線。
 その中にある、青い炎。
「・・・ラジオも、お前の代わりにはならねぇぞ、と」





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 なんとなく、レノの部屋にはテレビがなさそうだな、と思いました。
 とても懐かしい音楽を聴いていたら思いついた話。
 ラジオって好きです。楽です。



2005.02.10





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