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最後の網膜







 死ぬ間際に見たものは、人の網膜に焼き付くらしいぞ、と。





 少しだけ酔ったのか、可笑しそうに、彼は言う。
 イリーナはシャンパングラスを少しだけ揺らし、向かいに座っているその恋人を見つめた。 部屋での2人酒が、いつもよりも2人を優しく酔わせる。
「じゃあ、私は一体、何人の網膜に焼きついているんでしょうか」
 呟くような後輩の言葉に、再び男は笑う。
「・・・おまえが消した、命の数だけだろ、と」
 遠慮も気遣いもなく、彼は言い退ける。
 そのことに、イリーナは不快にはならない。
 それは事実で、それ以外の言葉など、望んでもいなかった。
「俺は・・・、どれだけかな、と」
 今度は、レノが呟く。
 独り言のような声に、後輩は答えなかった。
 透明なジンを口に運び、レノは自嘲的に笑う。
「どうせ何かが焼き付くなら、俺よりも、別の誰かが良かっただろうに、残念なことだな、と」
 己を否定するかのような言葉に、イリーナは眉を顰める。
 そんなこと。いつもなら言う人ではない。
 そんな否定を、自ら下す人では。
「・・・なら私は、先輩に殺されたい」
 呆れたように、レノが口角を上げた。
「バカなこと言ってんなよ、と」
「最後に私の目に焼き付くのなら、先輩がいいです」
 あなたの腕で殺されて、あなたを見つめて、死ねるのなら。
「そんなの、俺にはいい迷惑だぞ、と」
「・・・・・・そうですよね」
 再び、沈黙が彼らを包み込む。
 イリーナは手酌で、自分のグラスにシャンパンを注いだ。
 気泡がはぜる音すら聴こえそうな沈黙。
 それを破ったのは、男のほうであった。
「・・・なぁ、おまえは、俺を殺せるか」
「・・・・・・え?」
 訊き返すイリーナに、レノは答えなかった。
 彼が言いたかった言葉は、口にする意味もないほどの、当然。





 俺の網膜に焼き付くのは、おまえがいいんだ。





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 うおお・・・!久しぶりのレノイリだ!
 書き始めると楽しいのですが、それまでが長いというか。
 この話は別のカプに使おうとしたのですが、ここはレノイリだろうなぁと思って、彼らに しました。これで良かったと思います。



2005.02.06





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