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あなたはなに?






 初めて見たのは、書類の上だった。
 過去のタークスのメンバーの中で、なぜか一際目を引いたのが、ヴィンセントという 男。
 何かを見据えるように、そして迷うように、まっすぐに正面を向いてカメラを 見つめている視線。
 私よりも弱そうな眼だと思った。
 でも、私よりも、遥かに痛みを持っている。



 だから、初めて会ったときには、言葉を失ったの。



 ウータイ。
 ユフィという少女を助けにきたクラウド一行の中で、イリーナは初めて ヴィンセントという男を見つける。
 度を超える寡黙さの中に、写真からすら滲みでていた空気が漂う。
 間違いではない、あの男だ。
 イリーナの中で、誰かがそう言う。
「イリーナ、行くぞ、と」
「あの・・・、元タークスの男が・・・」
「関わるな。俺たちには関係ない」
 それでも、と振り向いたイリーナと、ヴィンセントの視線が合う。
 ひゅうと、彼女の喉が鳴った。
 胸が、きりきりと痛む。



 あなたは、何?
 なぜそんなに、何かを言いたそうに見るの。
 あなたは、私の、なんなの。



 なんなの。



 螺旋トンネル。
 クラウドたちとの戦闘に破れたイリーナは、湿気のあるトンネルの壁に寄りかかるように しながら歩き続けていた。この後、レノたちと合流した先に、一体何があるというのか。 自問自答の中で、ひたすら歩み続ける。
 そんな彼女の目の前に、男が、立っていた。
 暗がりの中で浮き立つ赤いマントと、それと同じ色の眼光。
 ああ、まただと、イリーナは息をつく。
 ウータイで何も言えずに別れてから、だいぶ経っている。それでも、心の中にある問いは、 ただひとつだった。
「・・・あなた、何?」
 傷つき、疲れ果てたイリーナの声に、ヴィンセントは眼だけを動かす。
 物言わぬ口唇だったが、それ以上に、その眼が多くを語っている。
 イリーナは真っ直ぐに、ヴィンセントを見つめ、再び言った。
「あなたは、なんなの」
 身体の向きを変え、ヴィンセントはイリーナに向き直る。
「・・・私は、ただの元タークスだ」
 その答えに、イリーナは当然満足はしない。
「そんなこと聞いてるんじゃないわ。なんで、ウータイで会ったときから、ずっと そんな目で見るのかって聞いてるの」
 怒ったような口調に、哀願が混じる。
 その赤い瞳から、開放されたかった。
「イリーナ、と言ったな・・・」
「・・・ええ」
「君は、若い。仕事のために、己を捨てるか?」
 屹と、彼女はヴィンセントを見据える。
「捨てられるわ。それがプロだというのなら」
「・・・・・・そうか」
「それが、なに」
 困ったように、ヴィンセントの口元が笑う。
「君は、・・・私が愛した人に似ていると、思ったのだ」
「・・・・・・なによ、それ・・・」
「仕事のために、自分の身体を投げ出した」
 その声は低いにも関わらず、いやにイリーナの頭に響く。
 鼓膜が震える気すらした。
「君は、そうならないでくれ・・・」
 その言葉を最後まで言うか言わないかのうちに、ヴィンセントは身を翻していた。 踵を鳴らしながら、トンネルの奥へと進んで行く。その背中は、まるで罪人のように 暗く、イリーナの知らぬ過去を背負っているように見えた。
 イリーナは反射的に駆け出す。
「待ちなさいよ!」
 振り向いたヴィンセントの腕を掴み、そのまま、睨み上げる。
「あなたが愛した人が、どんな人か知らないけれど・・・」
 ひとつ呼吸をおいて、イリーナは手に力を込めた。
「私は、その人とは違うわ」
 だから、その人と同じ道は辿らない。
「・・・そうか」
「・・・・・・そうよ」
 掴んでいた腕を放し、彼女は顔を伏せる。
「あなた、敵じゃない。・・・なんなのよ・・・」
 震える声でそう言うイリーナの頬に、ヴィンセントの指が触れる。かすり傷の血が、その指に 拭われる。
「人を思う気持ちに、敵も味方も、ないだろう・・・」
「・・・・・・」
 長身が、再び身を翻す。
 歩き始めたその背中は、もう2度と振り向きはしないだろう。
 それでも、イリーナは叫んだ。
「それなら、あなたも幸せになってよ!!」
 男は振り向かない。
「私、貰いっぱなしなんて嫌だから!だから、あなたも幸せにならないと、許さないんだから!」
 トンネルの中で、その声は幾度も反響する。
 男の耳にも、その幾重もの響きは届いているだろう。
 イリーナに見せた、泣きそうな笑顔で、それを聴いているだろう。



 1人になったトンネルの中で、イリーナは蹲る。
「もう・・・ほんと、なんなのよ・・・」
 言いたいことだけ言って、こっちをこんな気持ちにさせて。



「幸せになってくれなかったら、許さないから・・・」




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 リクエストをくださった匿名さまへ。

 どう絡ませようかと思考錯誤した結果、ヴィンセントがイリーナの自己犠牲に、ルクの献身を 合わせ見る、ということで落ち着きました。螺旋トンネルでヴィンセントが1人 突っ立っているということは、宝条戦からは外されたということですよね(笑)



2004.12.30





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