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Couger






 雀が鳴く声とあまりの寒さに、レノは瞼を持ち上げる。
 隣では、イリーナがライフルに弾をこめている。彼女はレノが目覚めたことに気付いて 「あと20分です」と、微笑む。
 夜陰の中で仕事をすることは度々あったが、早朝、特に日が昇った直後の仕事は珍しい。その違和感に、 レノは微かな息をついた。
 隣にいるイリーナの呼吸も、レノには聴こえる。
 仕事の時間が近づくにつれて、彼の五感は研ぎ澄まされてゆく。それはときに六感までもを 研ぎ上げる。
 早朝の屋上は、嫌になるほど風が冷たい。
 吐く息が白かった。
「イリーナ、グローブは外しとけよ、と」
「なぜですか。手が冷えると良くないんじゃ・・・」
「逆だ。狙撃は手の感覚だけを頼りに撃つからな、と。僅かなトリガーの遊びも 感じられるようにしとけ」
 レノは煙草をくわえ、風を手で遮るようにして火を灯す。流される煙は、朝日の 方角だ。ちょうど良い。イリーナが狙撃する方向としては、追い風だ。弾が横風に流される こともないだろう。
 イリーナが吐き出す白い息は、不規則だった。
 緊張しているのだろう。
 レノは潰れかけた煙草の箱を、彼女に差し出す。
「吸うか?」
「・・・私が吸わないって、知ってるじゃないですか」
「冗談だぞ、と」
 その時のレノの耳には、腕時計の秒針の音すら聴こえていた。



 屋上の床に腹ばいになった2人は、同時にスコープを覗く。
 イリーナの標的は、まっすぐ東から大通りをこちらに向かって走ってくる 車の中。レノの標的は、北から南に 向かって・・・つまり、左から右に走ってゆく。
 時間は同時。
 距離は1000M。
『A点通過。イリーナ、頼むぞ』
 イヤホンからのツォンの声に、イリーナは息を呑む。
 ほぼ同時に、レノのほうにもルードからの連絡が入る。
 この気温にも関わらず、イリーナの額には汗が滲んでいた。
「いきます」
「こっちもな、と」



 2つの弾丸が、冷たい朝の空気を切る。
 高速のそれは、一瞬にして1000Mという距離を突き抜ける。
 その勢いは死ぬことなく、ひとりの頭蓋骨を、ひとりの喉を、確実に打ち抜いてゆく。だが、 放った側の人間はそれで安心はしない。
 弾丸が目的に達する間もなく、トリガーを引く。
 一発では、意味を成さぬ結果になるやもしれぬ。
 呼吸する暇もない一瞬に、再び2人は同時に動く。
 引き金の遊びをなくし、一定のリズムで、4発。
 スコープの視界の中が、真紅に染まる。
 イリーナの額の汗が地面に落ちる。
 レノの咥えている煙草の灰もしかり。
 その音すら、レノには聴こえた。



 喧騒の中から、2つの「もの」が消えた。



『うまくいった。これで奴らはトップの2人を失った。会議は中止だろう。 ルードはこのまま出社。レノとイリーナは昼前には出てくるように』
 一方的な無線の声に、3人もまた一方的に返事をする。
 レノは仰向けになるとイヤホンを外し、新しい煙草に火をつける。新しく吐き出した煙は、 今度は南の方向に流されてゆく。風向きが変わったらしい。
「ラッキーだったな。押い風はさっきまでだったぞ、と」
「・・・ええ」
 その「ええ」という返事は、返事というよりも、ただの音として出されたものに 近かった。イリーナは疲れたようにスコープから視線を外す。眼前に広がった視界は、 先刻とは別物であった。
 レノと同じように仰向けになると、イリーナは右手を彼に差し出した。
「煙草、ください」
「・・・それ、冗談?」
「仕事中は、冗談って言わない主義なんです」
 くっと笑い、レノは箱を差し出す。
 後輩が煙草を咥えると、彼は顔を寄せた。レノの煙草から、イリーナの煙草へ、 微かな熱が移される。
 2本の紫煙が南へと流れてゆく。
「仕事のあとの煙草って、いいですね」
「なんで」
「吐き出した煙が、全部、どこかに持って行ってくれそうで」
「・・・だろ」
 何を持って行ってくれるのか、レノは問わない。
 身体が知っていることを訊くほど、愚かでもない。
 




 同罪の捕食者は、無言のまま天を仰ぐ。




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 リクエストをくださった香さまへ。

 カプ的要素というよりは、仕事の間で同類のように存在する2人、という感じに してみました。
 狙撃の話は、1度書いてみたかったので楽しかったです。

 クーガーは、ピューマのことですね。

 リクエストありがとうございました!楽しかったです!!



2004.12.26





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