いき
ガラでもなく、緊張していた。
手に汗を握ることなんて、もうどれだけなかっただろう。
レノは息をひとつついた。
この仕事は失敗する、と感じる自分が心のどこかにいた。
悔しさと怒り。哀しみなんか、どこにもない。
失敗すると感じた時点で負けなのに、そんなことを感じている自分を撃ち殺してしまいたかった。
(ああ、俺は、どこでミスしたのかな、と)
「もう一度だ」
ツォンは、表情を変えずにレノに言った。
レノもまた無表情に、ツォンを見下ろしている。
「・・・俺じゃ、無理です」
「お前がそんなことを言うとはな」
否定するでもなく、だからといって肯定をするわけでもなく、ツォンは黙って立ち上がる。
足がルードに向いた。
「一緒に行ってやれ」
いっしょに。
レノはツォンの背中を睨みつけた。
「なら俺だけで行きます、と」
「無理だと言ったのはお前だ」
「お守りなんていりませんよ、と」
「お守りなしで仕事をさせるほうが、俺は心配だ」
息だけで笑うのが、背中だけで解る。
ツォンを見上げていたルードは、レノに視線を合わせる。
中指でサングラスを押し上げ、彼は口唇を薄く開いた。
「・・・行きます」
「今夜だ。1度目のチャンスはレノが逃がした。今度は失敗できないからな。・・・ただし、
仕事の中身だけはレノにやらせろ」
「了解・・・」
レノは、ツォンの背中を睨んだまま、ルードも睨みつけた。
全てを許せない気持ちが胸を焼く。
だが、1番許せないのは、己自身だった。
「何を恐れる?」
汚い建物の屋根裏。
2人は呼吸だけの声で会話をしていた。
「・・・恐れてるんじゃない、ぞ、と」
「なら・・・なにを」
屋根の下には、5人ばかりの男たち。
彼らを痕跡残さずに殺す。
それだけのことなのに、レノは、下唇を噛み締めた。
「・・・わからないだけだ」
わからない。
どうやっていいか、じゃない。
いつ行ったらいいのか、わからない。
そのタイミングが解らず、昨晩も、一晩中ここにいた。
そのことを、レノは言わない。
ただ、わからないとだけ、ルードの目を見ずに呟いた。
「・・・わからないのか」
ルードは軽く、風が吹くだけのように、レノの肩に触れる。
「息をしろ」
「・・・してる」
「息の仕方は、わかるのか」
「わかる」
「手を開け」
レノは言われたままに手のひらを上向きに開く。
湿ったそこが、夜気に触れて冷たい。
「・・・掴んで来い」
5人の命を。
レノは目を見開き、ルードを見つめた。
肩に触れている手が、静かに、背中に動く。
今だ、と、触れるだけで押される。
「何秒だった、と」
「12秒ジャスト」
「んじゃ、帰って手でも洗いますか、と」
レノはポケットに手を入れた。吐き出す息が白い。
その白さを見つめていた彼は、ふと背後にいるルードを振り仰ぐ。
「お前は、知ってるんだな、と」
「・・・なにを」
「俺の助け方ってやつを」
おまえは、呼吸だけで、俺を助けることができる。
おまえのその呼吸が、俺には必要だから、
だから俺は、お前を殺すことは、ないだろう。
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呼吸というもので全てから救われるときがある。
それだけで、その人が必要だと思うときがある。
音楽は「CENTURIA」でした。雄大な曲だ。
2004.10.30
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