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乙女心






 とても綺麗な秋晴れの日。
 私とレノ先輩は、公園でお昼を食べていた。
 ミッドガルの人工的な公園なんてたかが知れているけれど、それでも その場所は、私にとっては綺麗な所だった。
 先輩はフォークの先で、私のお弁当の中を指す。
「それ何?」
「イカリングですよ」
「じゃあいらね」
「なんだったら欲しかったんですか」
「オニオンリング」
「好き嫌いとか、だめですよ」
「俺、イカとかタコとか嫌なんだぞ、と」
 そう言って、彼は自分のサンドイッチを口に運ぶ。
 指を舐めるその仕草や、イカを嫌いだという言動。大の男、それもタークスには 不釣合いで、私は笑ってしまう。
 そして、少しだけ「可愛い」なんて思ってしまう。
(私ってばかだわ)
 私は緩んだ顔を引き締めて、左右に振る。
 そんな私を、レノ先輩が見て笑った。
「なにしてんの?」
「えっ?い、いえ、なんでもないですよ?」
「ふぅん」


 平和な幸福、という時間だった。
 だから私は、レノ先輩がどんな人かということを忘れてしまって、 ・・・バカなことを言ってしまったのだ。


「先輩のお嫁さんになったら、ごはん作るの大変ですね」
 そう言ってから、私は緩んだ口元が次第に締まるのを感じた。
 しまった、と、思う。
 なんてバカなことを。なんてバカなことを口に出してしまったのだろう。もう その言葉を飲み込むには遅すぎる。
 顔から火が出るほど恥ずかしく、私は黙って俯いた。
「・・・す、すいません、私・・・今へんなこと・・・」
 レノ先輩は組んだ脚の上で頬杖をつき、笑う。
「女って、そういうこと言うの好きだな、と」
「・・・他の人にも言われたことあるんですか」
「さあな、と」
 また、からかうように笑っている。
 だから、あんなことを言うのは嫌だった。
 私は悔しくなって、お弁当箱を乱暴に閉じた。
「・・・まあ、どうでもいいですけど」
「何いきなり怒ってんだよ、と」
「だって私が先輩のお嫁さんになることなんて、絶対にないわけですから!?」
「おい」
 立ち上がろうとする私の腕を、先輩が笑いながら掴む。
「なに、おまえ、俺のお嫁さんとやらになりたいのかな、と」
「だっ・・・、誰もそんなこと言ってないじゃないですか!」
「声でけぇぞ、と」
「だって、先輩がそういう・・・、そういうこと、・・・」
 あんまりにも悔しくて、涙が溢れてくる。
 哀しいのではない。ただ、あまりにも悔しかった。
 お嫁さんなんて、子供みたいな幻想を口にしてしまったことも、 先輩に心の底にある核心を突かれたことも、その勢いに 翻弄されたことも。
「な、・・・っ、・・・なんで、いじわる言うんですか!?私、どんな 返事しても、先輩にいじわるされるだけで、・・・、いつもいつもいつも!そうじゃないですかっ!」
 あまりに泣きじゃくっていたせいか、私は自分の言っていることすら ろくに制御できない有様だった。
 そんな私を見ながら、先輩は言った。
「お嫁さんにしてやるぞ、と」
 私の言おうとしていた罵詈雑言が、喉の奥で止まる。
 つっかえたように、肩が動いた。
「ほら、泣き止んだぞ、と」
 先輩は声を出して笑い、私の腕を掴んだまま立ち上がる。
「さて、お仕事の時間だぞ、と」
 私の手を引きながら、先輩は歩き出す。
 大きな手は、温かかった。



 私はバカで、本当にバカで、先輩が泣きやませるために言っただけの 嘘ですら幸福で、また少し、泣けた。



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 妄想に生きるタイプのイリーナになってしまいました。
 でも、こういう乙女心は絶対にある!結婚したら、とか、 アホなことを考えてしまうのが、恋して妄想を抱く乙女というものだと思います。
 レノさんはイリーナちゃんに対して、アメとムチとエロを絶妙に使う人だと思っています。


2004.10.21





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