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待ちぼうけ






「外回り行ってきますね」
 私は書類を抱えてオフィスに1人のレノ先輩に言う。
 彼は壁にかかった時計を見上げる。午後3時。
「今の時間だと『外回り帰社せず』?」
「いえ、戻ってくる予定です」
「ふぅん・・・」
 気の抜けた炭酸のような返事をしながら、先輩は後頭部を掻く。
「んじゃ、俺もいようかな、と」
 その返事に、私は嬉しさを隠せ得なかった。 先輩が自分を待っていてくれるということなど、滅多にないことだったから。
「じゃあ、行ってきます」
「はいよ、と」



 そう言ったくせに、私が帰社した午後7時。彼はいない。
 私は少しだけ乱暴に、デスクに封筒を投げた。
「なんで、いないのよ・・・」
 いようかな、って、言ったくせに。
「ばかみたい」
 ばかみたいなのは、私。
 少し、いや、とても楽しみにしてオフィスに戻ってきたのに。
 残っているのは、煙草の匂いと書置きすらない汚いデスク。
 先輩の椅子に触れても、体温すら残っていない。その冷たいだけのシートに私は 腰を降ろして、デスクに顔を伏せた。
 ばかなのは、私。
 あのむかつく男の言葉に踊らされた、私。



 携帯電話の鳴る音に、私は顔を上げた。
 この着信音はレノ先輩だ。出てやらないでおこうか、と思うのに、 声を聴きたいと思う自分がそれを許さない。
 通話ボタンを押し、「はい」と機械的に返事する。
『今どこ?』
 挨拶も謝罪の言葉もなしだ。
 私は悲しみよりも、腹が立った。
「オフィスです。今帰ってきたんです」
『ニアミスだな、と』
「先輩は今どこですか?家ですか?」
 若干棘を含ませて、私はそう言った。
 ごめん、という一言でも彼に言わせなければ、今の気持ちは収まらない気がしたのだ。
『今?正面ロビー』
「・・・え?」
 自分でも驚くほど、間抜けな声が出た。
『煙草切れたから、外に買いに出てた。売店もう閉まってるからな、と』
 エレベーターの「チン」という乾いた音が、耳に届く。
 私は思わず立ち上がる。
『てことで、今そっちに向かってるから』
 ライターの音がする。
 煙を吐き出す息の音も。
 その仕草、口唇の形、全てが突如として鮮明に、私の頭の中に浮かび上がってくる。
 私はオフィスから出ると、エレベーターに向かって走った。
 エレベーターの前につくと、私はそのドアに手をついて大きく息を吐いた。 昇ってくる数字が嫌に遅い。
「先輩」
『あ?』
 声が震えた。
 どうして私は、泣きそうになっているのだろう。
「遅いです」
『何が』
「エレベーターは、遅いです」



 もし今、エレベーターが故障とかしたら、私は本当に泣き出してしまう気がします。
 そのぐらい、一杯一杯なんです。



 再び煙を吐き出す音。
 開くドア。
 その先にいる人。



 2人の足が1歩を踏み出す、その一瞬。




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 とても大好きな人に会えると思う、その一瞬の喜び。
 そういうのは絶対に万国万人に共通の感情だと思う。

 ちなみに7割ぐらい実話だと言ったら笑いますか(笑)



2004.10.19





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