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名残






「これじゃねぇぞ、と」
「でも、ジタンカポラルって、これじゃないですか」
「これは軽いやつだぞ、と。見りゃわかる」
「私は煙草なんて吸わないから、解らないんです!」
 イリーナは、書類が散らばったレノのデスクに、カートンで買ってしまったその 煙草を投げた。
「どうすんだよ、こんなに」
「先輩がカートンで買って来いって言うから」
「・・・まぁいいか。知ってる奴がこれ吸ってるから、売る」
 お礼のひとつも言わずに、レノはそう言う。
 イリーナは、レノではなく、その煙草を睨みつけた。
 知っているはずだった。レノが吸っている煙草の銘柄ぐらい。だが、それだけだった。 何mgとか、そんなことまで、彼女は知らない。
 悔しかった。



「これじゃねぇぞ、と」
「でも、サンコールドのブラックって、これじゃないですか」
「これは微糖だぞ、と。見りゃわかる」
「私はブラックなんて飲まないから、解らないんです!」
 全く同じ問答だった。
 今度はコーヒーだ。
「ルード、これやるぞ、と」
「微糖ならいらん」
「あっそ。・・・イリーナちゃん、飲みますかね、と」
「飲みます!」
 レノの手から缶を奪い取るようにして、彼女はプルタブを引く。微糖とはいっても、 ブラックを飲みなれない彼女は眉を寄せた。
 コーヒーの好みだって、知っているはずだった。
 なのに、こんな失敗。



 私は、彼の何を知っているのだろうか?



「あ、レノくん、いらっしゃーい」
 売店の女がレノに頭を下げる。
「今日は後輩さんと一緒なのね」
「荷物持ちですよ、と」
「何言ってるのよ。逆でしょー?」
 冗談を言いながら、レノはポケットから財布を出す。
「煙草と、コーヒーください」
 イリーナは、世間話をしながら煙草とコーヒーを選ぶ彼女の手元を見つめた。そこには何の 迷いもなく、記憶されたものを取り出す動き。
 ジタンカポラル、サンコールドのブラック。
「どうも、と」
「後輩さんは何かいるのかしら?」
「いえ・・・何も」



 私は、彼の何を知っているのだろうか?



「お前が言ってたやつ、買ってきたぞ、と」
「え?何か頼んでましたか?」
「紅茶」
「あ・・・、そういえば」
 レノは無造作に紙袋をイリーナのデスクに置く。
「ジャクソンのアールグレイ、オリジナルブレンド、だろ」
 取り出した缶は、確かにそれである。
 配合の分量も正しい。
 憶えていたんですか、と、彼女は尋ねたかった。
 だが、その背中を見つめると、その言葉がなんの意味も持たないことに気付く。



 悔しかった。



 とても。



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 ジタンカポラルは、ルパンが吸っている煙草です。
 ジャクソンのアールグレイは、最近私が飲みたい紅茶。
 話の都合上、適当に出しました。



2004.10.14





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