殺意
バカにしないで、と、彼女は叫んだ。
投げつけられた枕が床に落ちるのを見て、レノは笑う。
うっすらと、笑う。
「・・・どうしたんだ」
ルードがレノの頬を見て眉を寄せた。
彼の左頬はルードが声をかけたくなるほど赤く(いや、薄紫色に)、
腫れていた。
差し出された濡れタオルを頬あて、レノは笑う。
「さすが、新人でもタークスなだけあるぞ、と」
口唇まで切れてる。
彼がそう言うだけで、ルードは相手が誰なのかを察した。
「また喧嘩したのか」
「あいつ、全然成長しないんだからな」
「・・・あんまり会社にまで私情を持ち込むな」
「俺は持ち込んでねぇぞ、と」
持ち込んでるのはあいつだ。
そう言いながらも、彼は笑っていた。
シーツに、長い赤茶色の髪の毛が1本。
それだけで女というものは直感が働く。
『誰か来たんですか』
その髪の毛を人差し指と親指で摘み、レノの前に突き出す。
煙草の煙の奥からそれを覗き込んだ男は、鼻で笑った。
『何か疑ってんのかな、と』
『・・・私のじゃないですよね』
『みたいだな、と』
イリーナは1週間ほど会社を留守にして、研修に行っていた。
その間に、レノは。
『女の人、連れ込んだんですか』
『連れ込むって、人聞きが悪いぞ、と』
『じゃあ、なんだって言うんですか』
『押し入られた』
濁った空気の中で、レノは喉を鳴らして笑う。
『なに?嫉妬でもしてんのかな、と』
俺が1週間の間に、別の女とヤッたことで?
遊びだって割り切ってんのに?
『ハハ』
ベッドの上で、イリーナは枕を掴む。
『お前まだ、解ってねぇぞ、と』
レノが最後までそう言うか言わないかのうちに、枕が煙草の煙を切って
レノの顔面に直撃した。
『ふざけないで!』
鋭い声に、レノはゆっくりと顔を上げた。
そして笑う。
うっすらと、笑う。
枕よりも速く、風を切る音。
平手か拳かも解らない衝撃。
「あの時のあいつ、俺のこと殺す気だったぞ、と」
「動くな」
ルードはレノの顎を抑え付ける。
口唇の消毒が滲みるのか、レノは眉を寄せた。
「・・・お前のバカは、殺されても直らんだろう」
「だから殺さなかったんだろ、あいつも」
「・・・・・・」
ピンセットを机に置いたルードの喉に、レノの手が伸びる。
「俺だったら、殺すぜ」
ルードは微かに息を飲む。
何かを言おうとしたが、言葉が見つからない。
目の前の男は笑った。
「それって、めちゃくちゃ"愛"だろ?」
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2004.10.14
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