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気休め






「レノ先輩はきっと、私が死んでも泣かないんです」


 寒くて、息すら白い大通り。
 言われたレノは無言で、彼女を見下ろしていた。


 きっと、次の日には普通に仕事に行って、1週間働いて、週末には綺麗な 女の人から誘われるんです。そしてまた仕事に行って、1ヶ月もした頃には、 そういえば女の後輩がいたっけな、なんて、思うんです。
 レノ先輩にとって、私なんて、そのぐらいなんです。


 レノは姿勢を崩さず、彼女を見下ろしたまま。
 2人の間に、冷たい風が吹いた。
「あのさ」
 白い顔がレノを見上げる。
「俺って繊細だから、そういうこと言われると、ムカつくっつーよりも、切ないんだぞ、と。 解ってんのかな、お前」
「・・・わかりません」
 冗談交じりのレノの言葉は、静かに否定された。
 レノは煙草に火をつけて細い煙を吐く。


「お前はきっと、俺が死んだら泣くだろうな」


 言われたイリーナが眉を寄せる番だった。
 レノは彼女の目を見たまま、続ける。


 3日間ぐらい泣いて、それでも頑張ってお仕事して、そのうち宇宙開発部門とかのエリートが 「実は前から好きだったんです」とか 告白してくる。優しくて紳士的で、頭も良くて爽やかで、人を殺したことのない男と付き合って、 1ヶ月もした頃には、そういえばムカつく先輩がいたっけな、なんて思う。
 お前にとって俺なんて、そんなもんだぞ、と。


 イリーナの目尻に、見る間に涙が溜まる。
「そんなことしません!」
「お前が俺に言ったのと同じことを返しただけだぞ、と」
 彼女はスーツの裾を握った。
 細い指が白くなるほど、強く。
 アスファルトに涙が零れた。
 レノはポケットを探るが、ハンカチもティッシュも見つからず、仕方なく制服の袖で イリーナの目元を拭う。
 それでも泣き止まない女を目の前にして、レノは息を吐く。
 この女は、レノに言われたことで泣いているのではない。
 漠然とした確信のない愛に震えているだけ。
 見えないものは、あまりに寒いから。


「悪かった、と」
「・・・・・・」
 とりあえず抱き寄せて、頭を撫でてみる。
 彼女が死んだときに、泣けと言うのなら泣く。忘れるなと言うのなら、 一生涯忘れない。
 だが、彼女が望むのは、そんなことか?


 いや、そんなことでは、ない。




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 気休めの嘘なんか言わないで、という女のセリフがよくある。
 でも、そんなセリフは、その気休めの嘘にすら 縋らないと愛を確かめられない2人の前では無意味だ。
 あまりにも儚く不安定な関係なら、そこに縋るしかない。



2004.10.13





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