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秋刀魚






 その日の会話は、まず意外なところから始まった。
「ルード先輩って、最初は怖い人かなと思ったんですよ」
 突然どうしたのかと、イリーナはコーヒーを飲む手を止める。イリーナは 嬉しそうに続けた。
「でも、案外優しいですよね」
「・・・なんかあったのか?」
「別にそうじゃないですけど、ああいう意外性っていいですよね。 昨日なんか、外回りのついでにコーヒー買ってきてくれたんですよ。 そういうところに気付いてるなんて、普段からマメな人なんですよ、きっと。 まあ、前からオフィスの掃除とか手伝ってくれてたんですけどね。 あ、ほら、私ってエレベーターに駆け込むこと多いんですけど、 他の人はドア開けてくれなくても、ルード先輩は開けてくれるんですよ。 書類持ってたりすると、黙って代わりに持ってくれたりして。優しいです よね〜」
 レノは眉を寄せる。彼は、まだ続きを言おうとする彼女を手のひらで制した。
「ツォンさんとは違うんですかね、と」
「うーん、ルード先輩って威圧感とかないじゃないですか。ツォンさんが 怖いっていうんじゃないですけど、なんだか安心感があるっていうか」
 イリーナはマグカップを両手で挟んでニコニコとする。
 彼は開いた口が塞がらなかった。



 無言で、自然に、気配りをする。
 確かにそれはルードの特性でもあった。
 だが、レノはそれを「女にモテる要因」とは考えたことがなかったのだ。 社員食堂のカプチーノをすすりながら、彼は喉の奥から 呻き声のような声を絞り出す。
「・・・腹でも痛いのか」
 気付くと、トレイを持ったルードが目の前に立っている。
「ああ、あんたも昼飯?」
「座るぞ」
 ルードはパチンと割り箸を割る。左右対称に綺麗に割られたそれが、 皿に乗った焼き魚に入る。
 レノは眼を見張った。
 魚が綺麗に分解されてゆく。2つに割られた秋刀魚は、頭と骨と尻尾が全てくっついた ものを取り出される。ルードは身に軽く醤油を垂らすと、小さな骨や 内臓ごと口に入れた。
 次に食べるのは白米。次は味噌汁。そして小鉢の煮物。そしてまた秋刀魚。それが 繰り返されてゆく。
 最後に皿に残ったのは、頭と尻尾を骨で繋いだものだけだ。
 レノは、箸使いには多少の自信を持っていた。だが、ルードには完敗である。箸使いどころから、 和食のマナーも完璧だった。
「・・・あんた、女にモテないか?」
「なぜ」
「俺はそう思ったんだけどな、と」
 本当はイリーナに聞いて考えたのだが、そこはあえて 口に出さないことにする。
 ルードは無言だ。
 レノは頬杖をついて、ルードを覗き込む。
「イリーナが、あんたをベタ褒めしてたぞ、と」
「・・・なぜだ?」
「気配りができてるとか、優しいとか、色々とな」
 そう考えると、あんたを好きになる女なんか、ゴロゴロいそうなもんだぞ、と。
 言われたルードは、息をついた。
「お前が言いたいのは・・・」
 しばらく考え込み、ルードは顔を上げる。
「・・・イリーナが俺に惚れては困るから、あまり彼女に優しくするな、と、 そういうことだろう」
 レノは両手を挙げる。
「そう思うなら、それでもいいですよ、と」
「ハッキリとものを言わないのが、お前の悪い癖だ」
 ルードは呆れたように立ち上がった。
 トレイを持って歩いてゆく大きな背中に、レノは声をかける。
「ルードちゃーん」
 そう呼ぶな、と言いたげな顔が振り向く。
「俺はあんたに嫉妬しちゃってんだぞ、と」
 彼は何も言わずに再び歩き出した。
 レノは冷めたカプチーノのカップを回し、苦笑する。
「ほんとに、いい相棒だぞ、と」



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 ルードちゃんに負けちゃってるなあ、とか思う、ちょっと女々しい レノさんと、レノさんの遠まわしな言い方でも要点を察して あげられる、男らしいルードちゃんのお話。
 たまには嫉妬するレノさんもいいですね。



2004.10.09





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