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暗闇の中の恋人たち






 獣のような眼、燃えるような髪の毛、闇に溶け込む制服。
 刃物そのものであるような性格。
 ルードにとって、誰よりも信用をしていている相棒は、そんな男だ。



「ルードちゃーん」
 ニヤニヤと笑って、レノはルードの顔を覗き込む。
「・・・なんだ」
「仕事、ひとつ替わってくんないかな、と」
「またか」
「埋め合わせするからさ、と」
「・・・。なんの仕事だ」
「上司の護衛みたいなもんなんだけど」
「仕方ないな・・・」
 相変わらず、都合のいい男だ。
 のらりくらりと嫌なことをかわし続け、確実に任務を遂行する、というわけでもない。 ルードには散々迷惑をかける。だが、ルードはレノを憎めないと最初から 感じていた。
 誰にも媚びず、誰にも縋らず、誰にも涙を見せず。
 なるように、というままレノは存在している。
 以前ルードが受けた最悪の電話を、彼は今でも覚えている。
 あれは、夜の12時前後だっただろうか。携帯にレノから電話があり、それは 相変わらず、仕事を交替してくれ、という内容だった。
 だが、受話器の奥から女の喘ぐ声が聞こえる。
 ルードは眉を寄せた。
『・・・女といるのか』
『まぁ、そんなとこだぞ、と。今思い出して、途中だけどかけた。あんまり 夜中にかけると悪いな、と思って』
 ルードは、呆れた。
 夜中に電話を受けるのも嫌だが、これもどうなのか。



 そんな男が、1人の女に振り向いた。



「イリーナと、付き合っているのか」
 ウィスキーミストの入ったロックグラスを揺らして、ルードはレノの顔を見た。 ブラックライトの中で、レノは笑った。
「なんだよ、急に?」
「・・・いや、どうなのかと思ってな・・・」
「さぁね?あれが付き合ってることなのか自分でも解らないぞ、と」
 悪戯っぽく笑い、レノはハイランドクーラーを頼む。
「タークスの中での修羅場は、やめておけよ」
「解ってるさ、と」
「・・・あいつは、今までお前が見てきた女とは違うだろう」
「何かな、それ。つまり、セックスだけの関係というものを理解している 女とは違うってこと?」
 レノの言う直接的な単語にも、ルードはもう慣れた。
「まあ・・・そういうことだ」
「そりゃ、違うだろうな、と」
 ルードは、信じている反面、恐れていることもあった。それは、恋愛感情とは違い、 イリーナを想う心だった。レノが、あの純粋に仕事を頑張ろうとしている イリーナを傷つけたりはしないか、という気持ち。
「お前も、心配性だな、と」
「・・・今までのお前を見ていれば、普通はそう思う」
「なるほどね、と」
 レノは、楽しそうに笑って、カクテルに口付けた。



 職場での2人は、本当にいつもどおりに仕事をしている。
 暇そうにしているレノが、イリーナにちょっかいを出す。イリーナはそれに対して、 キツい口調で返事をする。さらにレノは面白がってイリーナをいじめた。 イリーナもあの性格だ。からかわれて黙っている性質ではない。
 そうして、またいつもどおりの問答だ。
 ルードはそんな2人を毎日見てきた。
 こんな2人を見て、誰が付き合っているなどと思うだろう。
 だが、レノを少しでも知っている人間なら、イリーナを特別扱いしていることはすぐに解る。 嫌いなものや興味がないものには、全く触れようともしない男なのだから。
「先輩!いいかげんにしてください!」
「怒ると可愛い顔が台無しだぞ、と」
「別に最初から可愛くないからいいです!」
 主任がいなくて良かったものだ、とルードはため息をついた。



 ルードが忘れ物に気付きオフィスに戻ったのは、勤務時間が終わって間もない時間だった。 外はもう暗く、オフィスに明かりは点いていない。
(誰もいないのか・・・)
 だが、ノブに手を触れようとした時に、中から声が聞こえた。
「誰もこないさ、と」
 レノの声だ。
 ルードは、差し出した手を引っ込める。
 まさか、また会社の女に手を出したのだろうか。そんな考えが 脳裏をよぎったが、次に聞こえた声は、ルードのよく知っている人物の声だった。
「で、でも」
「仲直りのキス、だろ」
「っ・・・」
 僅かに開いたドアの隙間からは、レノの背中だけが見えた。
 レノの首筋に、細い女の指が触れている。その手は、真っ赤な髪の毛に触れ、 音もなく指をからませていた。
 イリーナの、華奢な指。
 ルードは、しばらく繰り返される口付けを見つめ、やがて踵を返してオフィスに背中を向けた。
 何を言うまでもない。
 レノは、イリーナを想っている。
 やっと出会えた、自分を同じように想ってくれる女を。



 次の日のオフィスでも、相変わらず2人は口喧嘩をしていた。
 無論、突っかかっているのはイリーナだけで、レノのほうは楽しそうに笑っている だけではあるが・・・。
 ルードは、サングラスの奥からじっと2人を見つめる。
 願わくば、いつまでもこの2人が傷つかんことを。
 この平和な光景が、いつまでも、いつまでも。



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 ルード視点でのレノイリ、というのは、1度やってみたかったものです。 これ以上ひねると長くなってしまいそうだったので、適当な 長さにしておいてみました。
 レノは「埋め合わせはするから」と言っても、絶対にしないと思う。 そしいルードも、最初から期待してないと思う。
 そんな2人の関係も大好きです。
 でも、真っ最中に電話かけられたら困る。


2004.05.13





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