B C P

 












































「君は、コーヒー淹れられるかな」
 宝条が、椅子を回してレノの顔を見た。
「コーヒーですか、と」
「ああ、ちょっと手が離せないものでな」
「いいですよ、と」
 レノはソファから立ち上がり、やかんを手にとる。タークスの 部屋にあるコーヒー豆よりも上質な豆が、棚に入っている。それを取り出し、 レノはイリーナに教わったコーヒーの淹れ方を思い出した。
「博士、今度はなに作ってるんですか?」
「ああ・・・生物兵器みたいなものさ」
「へぇ、人殺しでもするんですか?」
「さぁな。私は上から言われたものを作るだけだ。まぁ・・・、興味が なければ作らないが」
 白衣の背中が、僅かに笑う。
 レノは思う。この男は会社のいいなりになっているわけではない。ある意味、 会社を利用すらしている。
 どこまでも、何もかも、どんな人間でも、この男は自分の利潤のためだけに 利用しようとするだろう。
 それが、道徳的でも非道徳的でも。
「博士は、なんで神羅に入ったんですか?」
「金があるからさ。そこで、好きなだけ実験をできて、給料までもらえるなんて、 うますぎる話だろう?」
 首だけで振り向いて、宝条は笑う。
「じゃあ君は、なぜ神羅に?」
「さぁ・・・適当ですよ。金がもらえるからってだけで・・・ま、適正はあると思いますけどね、と」
 レノも笑って、ビーカーに色濃い液体を注ぐ。
 彼は時たまコーヒーを毒のようだと感じる。黒々と苦いそれを、誰が初めて口にしようと思ったのか。 そして思う。これが胃に悪いのなんか、当然だ、と。
「・・・俺も、会社にしてみたら生物兵器ですよ、と」
「ははは。面白いことを言うな、君は」
 実に楽しそうに宝条は笑う。
 新しいものを見つけ、興味を持ったときにだけ、この笑顔を宝条は見せた。そしてレノも そうである。上司は上司でも、ツォンよりは遥かにこの宝条という男を慕っていた。慕っている、 というのとも、また違う。宝条と同じように、興味がある、というべきなのか。
 似ている、と、レノはしばしば感じた。
 そんなことを本人には言えなかったが、似ていると。
 自分のことすらろくに理解せず、気の向くままに生きる。利用するものをして、 殺すものを殺して、誰にも媚びないふりをしているのに・・・いつも何かに 依存をしたいと願う、人種。
「道徳って、どう思いますか?」
「道徳?・・・道徳ねぇ・・・」
 宝条は脚を組みなおす。
「私には、私だけが道徳だよ」
 レノは、その答えに満足をした。
 この男を殺すことにはなりたくない、と思う。
 なんとなく、そうしてしまったら哀しいなどではなく・・・、ただ、途方もない虚無感に 囚われそうな気がしたのだ。
 善人や悪人など、レノには関係なかった。
 そのへんの人格者と言われる人間よりもずっと、この宝条という1人の科学者はレノにとって 面白い人間だ。
 それだけだったのだ。
 レノにとって価値がある人間なんて。
「・・・君の淹れるコーヒーは、まずいな」
「博士のコーヒーも、まずいですよ、と」
「そうか?」
「今度おいしいコーヒーの淹れ方でも研究してくださいよ」
「その研究をしたら、君は勉強するのか?」
「いや、しませんね」
「だろう」
 2人は口の端だけで笑い、再び不味いコーヒーに口をつける。
 自分たちは孤独だ。
 こうしていても、絶対的に孤独だ。
 だが、レノには、そのことが心地よかった。



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 一体いつから手を止めていた小説なのか・・・。
 博士とレノさんの話は書くのが大変ですが、好きです。
 互いを解っているのに、理解し合おうとはしない孤独な仲良し、というのが私は大好きです。


2004.04.28





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