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どこまでも続く祈りと痛み 【 2 】






【SIDE:LENO】



 祈り 愛せよ 醜くも 美しきものを
 祈り 愛せよ 罪深き 天使の子らを



 そこまで読むと、俺は本を閉じて机に放り出した。
 時計を見ると、深夜12時になろうとしていた。俺はベッドから起き上がり、 上着を羽織った。
 今晩の仕事は簡単だ。
 相手が嫌だというだけで、簡単な。



 冷たい路地に、自分の靴音だけが嫌に響いた。
 珍しく手に汗をかいているのを俺は感じる。
 薄寒く、嫌な夜だ。
「チッ・・・」
 煙草に火をつけて、その路地に座り込んだ。
 そうしてしばらく待てば、目的の相手はここを通るはずだ。手はずどおりにいけば、 そこで相手を殺ることができる。
 その相手は、6歳になったという少年だった。
 最悪な、クソのような仕事だ。
 2年前、ある偽善的な金持ちが、その少年を引き取った。・・・金持ちは、 神羅という会社を心から信用しきっていた。俺からしてみたら、 何を根拠に、と言いたくなる話だ。
 その金持ちは身寄りがおらず、自分が死んだ場合の遺産の相続相手に 引き取った少年を選んだのだ。そして、一ヶ月前に、死んだ。少年の 面倒を見るのは、神羅に任せると約束して。  しかし、万が一少年が18歳になるまえに 死亡した場合、遺産の全ては神羅カンパニーに寄付する、と。
 神羅は、・・・少年を殺す選択をした。
 金だ。全ては金のために動く会社だ。
 星1つ見えない空の下を、その少年は毎晩歩く。亡くなった、親切な 父親の墓参りだ。
 そこを、狙う。
 地面に捨てた吸殻が、12本になった時。
 健気な少年は姿を現した。



 俺は幼い子供の胸を引きつかんで、地面に押し倒した。
 少年の眼が見開かれる。
「悪いが、死んでもらわなくちゃならないんでな、と」
 拳銃を取り出し、額のど真ん中へ押し当てる。だが、少年は一言も 言葉を発しようとはしない。
 腹の上で、指を組み合わせて、俺を見上げていた。
「・・・・・・」
 俺が引き金に指をかけた瞬間だった。
 小さな口唇が、動いた。



【SIDE:YRENA】



 祈り 愛せよ 醜くも 美しきものを
 祈り 愛せよ 罪深き 天使の子らを



 そこまで読み、私は本を閉じる。
 そしてスタンドの紐に指が触れた瞬間だった。
 携帯電話の無機質な音が、けたたましく私を呼んだ。
「もしもし」
「・・・イリーナ、あいつ、あいつが・・・」
 レノ先輩の、掠れた声が、受話器を通して耳に届く。
「せ、先輩?どうしたんですか?」
「あいつ、あんなこと言って・・・」
「なんですか?せ、先輩?」
 疲れきった声だった。
 そんな先輩の声に、私は戸惑うことしかできない。
「頼む・・・から・・・」
 そこで、電話は切れた。
 私は、薄手のカーディガンを羽織ってスカートを穿くと、車のキーとハンドバッグを 掴んで寒空の下へと出た。



 先輩の家のドアは、無防備に薄く開いている。
 着いたときには、もう夜中の3時になろうとしていた。私は靴を脱いで、 そのまま部屋に上がる。煙草の匂いが立ち込めた暗闇の中で、先輩はベッドの上に 座っていた。
 ゆっくりと上げられた顔は、蒼白だった。
「・・・先輩」
「イリーナか・・・」
「先輩、どうしたんですか・・・」
「仕事に、失敗した」
 抑揚のない声で、先輩はそう言う。だが、いつもだったら失敗しても 飄々としているはずだ。
 何かが、あったのだ。
「・・・あいつ、・・あの、ガキが・・・」
 あのガキ。先輩の、今夜の標的だった子だ。
「俺が引き金を引こうとした瞬間に、言ったんだ」
「・・・なんて・・・?」
「祈り 愛せよ 醜くも 美しきものを・・・
 祈り 愛せよ 罪深き 天使の子らを、・・・って」
 薄く笑って、先輩は煙草を灰皿に押し付ける。
 無惨に葉を出した煙草が、私の眼に入った。
「それって・・・」
「お前がくれた本の中の言葉だぞ、と・・・」
「まさか・・・、だって、6歳の子が・・・」
「だから・・・」
 先輩は言葉を切った。
 だから、殺せなかった?
 私は、先輩の隣に座ると、じっと彼を抱き締めた。
 髪の毛からも、煙草の匂いがする。シャツからも、その手からも、私が愛する 人の身体からは、いつも煙草と香水の匂いがした。
「・・・先輩は、醜くて、美しいひとなんです」
「わかんねぇぞ、・・・と」
「だから私、あの本を先輩にあげたんです」
「・・・・・・」
「先輩が罪深き天使の子でも、私には、美しいんです」
 先輩が、喉の奥で笑った。
「天使の子なんて、俺のガラじゃねぇだろ、と」
「でも・・・、・・・いいんです」
 自分でも、うまく言えない。
 そのもどかしさが悲しく、私は先輩に口付けた。
 昔、言葉にできないことを表現する術を、私は知らなかった。けれど、 それを教えてくれたのは、誰でもない、レノ先輩。
 私は今、祈り、そして愛することしかできない。
 目の前で傷つく人にかけてやる言葉を知らない。
 だから、口付ける。何度も、何度も。
「・・・珍しいこともあるもんだな、と」
 先輩は、眼を細めて私を見つめる。
「イリーナちゃんからのお誘い?」
「・・・じゃあ、やめときます」
 からかわれると、どうしても意地を張りたくなってしまう自分が憎らしい。でも、先輩は そんな私を理解していた。
「嘘。うそうそ。そんな誘いに乗らない手はありませんよ、と」
 先輩は笑って、私を引き倒す。
 私は、黙ってカーディガンを脱ぐと、上から先輩に口付けた。精一杯の祈りを、 どうにか表現するために。
 煙草の味のキスをしながら、私は先輩のシャツに手をかける。最初からボタンのほとんどは 外されているから、私が外したのは、ほんの僅かだ。
「だらしない格好も、こういうとき便利なんだぞ、と」
「・・・ものは言いようですね」
「相変わらず、言うねぇ」
 先輩は、笑って私を胸に抱き寄せた。
 裸の胸に耳をあてると、鼓動が伝わった。
「・・・あのガキに、血判状書かせてやった」
「血判状を?」
「財産を神羅に渡すと約束した血判状だ。 財産渡して、ミッドガルから離れて自活しろって、言った」
 私の着ているシャツに、先輩の手のひらが入ってくる。
「そうすれば、命だけは、助かるはずだから、って・・・」
「・・・それで、いいんだと思います」
 細い鎖骨に口唇をあてて、私は目を閉じる。
「じゃ、とりあえず今夜は、可愛い後輩の誘いに乗らないとな、と」
 顔を上げると、いつものニヤニヤ笑いで先輩が私を見上げている。思わず、 つねってやりたくなるような、憎らしい顔。
 でも結局私は、こんな人が好きなのだ。
 この、醜くも美しい人が。
「・・・明日、遅刻しても知りませんからね」
「そういう遅刻なら、望むところだぞ、と」
 私は身体を起こして、笑っている先輩を見下ろす。
 そして、自分のシャツのボタンに指をかけた。
 


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 花さんへ。
 30003打キリ小説、2本目になってしまいました(笑)
 わー、突如としてイリーナが積極的に。レノさんは案外、子供とか汚れきってなくて 超純粋なものには 弱そうな気がする。
 子供とか任せられたら「あー、どうしよー・・・」みたいな。
 大人に大しては冷たそうだけども。

 イリーナが上、というのは1回やってみたかったことです。自分から脱ぐ!とか。 でも、最後の「遅刻しても知りませんからね」のセリフを書きながら、「そんな・・・、 そんなに頑張るのか後輩よ・・・」と自分で思ってしまいました(笑) 先輩にしてみたら、ニヤニヤだろうけど。
 あと、「この先を書いたら裏かなぁ・・・」とか、そのへんの境界線を 考えたりしてました。どうなのかしら。でも、コトの進み具合を書き続けるのだったら、 裏に置いたほうがいいのだろうな。
 直接的な単語がなくても。
 あれ、あとがきのはずが変な話に・・・!


2004.04.28





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