泣く男

















 花は、今日も1日美しい。
 あと数日の命だとしても、美しい。
 誇る。
 だからこそエアリスは、「彼ら」の1日を無駄にしない。
 その1日の誇りと輝きに、手を添える。
「また明日ね」
 言葉を残し、エアリスは立ち上がる。
 小雨がぱらぱらと花に降る。このぐらいの雨ならば、花も傷まず、 ちょうど良いだろう。
 そう考えながら、教会の外へと向かう。
 そして、彼女の足は止まった。
 いつもは、何か使えるものを探そうと、何人かの人がいる瓦礫の山だが、今日は 雨のせいか、誰もいない。
 かわりに、
「・・・ツォン?」
 男がひとり、いた。





 錆びた鉄骨に座り、膝に手をつき、両手で顔を覆っている。
 教会の周囲は、プレートの割れ目が大きい。男が座っている場所にも、 雨は降り注いでいる。
 細かな水が、俯く彼の髪の毛や肩を濡らしてゆく。
 エアリスはそっと歩み寄り、男の目の前で膝をついた。
 泥が、膝を汚す。
 いつもきれいに結ばれている黒髪が、今日はほつれている。
「なんでかなぁ」
 そのほつれ毛に触れながら、エアリスは呟いた。
「男の人って、みんな、少し離れた場所で泣くのね」
 私の目の前でもないし、でも、私の目が届かない場所でもないでしょ。
 だから、私、
「どうしていいか、わからないよ」
 ね。
 と笑い、エアリスは男の頬に両手を添え、冷たい額に自分の額をあてる。震えている 男の呼吸が、彼女にも伝わった。
 エアリスはそっと、顔を覆っている手を握る。
 濡れた指が、静かに外れた。
 




 目の前には、美しい笑顔。
 ツォンは涙を拭うのも忘れ、彼女を見つめた。
「むり、しないで」
 細い指を握り返し、ツォンは耐え切れぬように俯く。
 自分が、ここに逃げてきたことを、悟られたくなかった。
 知られていることは解っている。
 それでも。
 己の身にふりかかるのは辛くて仕方ないことばかりだ。叫ぶことも、放り出すことも、 逃げ出すことも許されない、そんな出来事。
 涙を許される場所が、欲しかった。
 明日、再び立ち向かえるように。
「むり、しないでね」
 同じ言葉が、繰り返される。
 押し当てられた額から、温もりが伝わってくる。
 涙が、雨に流され、頬から顎へと伝う。
 ツォンはじっと、目を閉じた。
「あなたまで、いなくなったりしないで」
 がまんして、こわれたりしないで。
 囁くような声に、ツォンは眉を寄せる。
 彼女は、彼にすら涙を見せたことはない。あるとしても、ほんの小さな頃の話だ。ここ何年も、 ツォンは彼女の笑顔ばかりを見てきた。
 それでも彼女は、決して他人の涙を笑わない。
 叱らない。
 非難しない。
 気に入っているの、と言っていたスカートが泥に汚れることも厭わずに、この愚かな身体に 触れてくれる。
 かき抱いてしまいたい腕を止め、ツォンは繋いでいた指をほどく。
 そして、行かなくてはならないというかわりに微笑み、 自分がしてもらったように、白い頬に手のひらを添える。
「・・・ありがとう」
 それは掠れ、声にもならぬ声だった。
「明日はきっと、いいことがあるよ」
 その言葉に頷き、ツォンは立ち上がる。
 彼女を守るために、ここに来ていたはずだ。
 それなのに、時折、自分は守られていると感じる。
 不安に立ちすくみそうになると、手を引かれ、飛ぶことを躊躇いそうになると、 優しく背中を押される。
 彼女は、決して多くの言葉を語らない。
 それでも、ひとを救う。
 ツォンという男を、救う。
 汚れた革靴から視線を上げると、プレートの割れ目から雨上がりの光が差し込んでいた。
 まるで、己を呼ぶかのように、まっすぐと。





 少女に背を向け、ツォンは歩く。
 自分が立ち向かうべきものの、ある場所へ。












 BCとCCのことを合わせてツォンさんを考えると、このひとは本当に、 胃潰瘍にでもなっているんじゃないだろうか、という気がします。
 そんなことを考えて書いた話。



 2007.10.××






inserted by FC2 system