コスモス

















 季節の訪れを知らせるのは、花である。
 花を運ぶのは、季節である。
 季節を彩るのは、花である。
 その花を守るのは、季節である。
 そんな単純なことすら、ミッドガルという都市では、感じにくい。





「シュールだな、と」
 レノの言葉に、ルードは自分の手を見た。
 無骨な指に握られた、一輪の桃色の花。
 不釣合いな姿に、レノは可笑しそうに体を前屈みにする。
「あの女から買ったのか、と」
「ああ・・・、八番街を歩いていたら、頼まれた」
「いくらだった?」
「30ギル」
「まあまあ、良心的なほうだぞ、と」
 おれなんか、100ギルふっかけられた。
 言われた額の違いに、ルードは思わず笑いそうになってしまい、慌てて顔を 背ける。
「今、笑ったな、と」
「いや」
「いーや、笑ったぞ、と」
 レノはルードの手から花を奪い、彼の耳元に挿した。
 まるで少女のような姿に、レノは盛大に笑い出す。
 その声は、おそらくエントランス中に響き渡ったであろう。社員たちがじろじろと2人 ――主にルードだが――を見てゆく。
 大男は耳にかけられた花を取り、大きく咳払いをした。
 そんな彼の背後から、彼らの上司が歩いてくる。
「こんなところでふざけるな」
「ツォンさん」
 目元の涙を拭いながら、レノは振り向く。
 そこに立つツォンは、ルードと同じ花の色違いを持っていた。彼のものは、 ルードの持つものよりも色が濃い。
 彼が今のように花を持ち帰るのは珍しくない。
 むしろ、「監視という仕事」をしてきた証のようなものだ。
「ツォンさん、それいくらで買ったんですか、と」
「10ギルだ」
「ひいきだぞ、と」
 ポケットに両手を入れ、レノは唇を尖らせる。
「今日は、この花しか売っていないんですか?」
 ルードの問いに、ツォンは頷いた。
「今はコスモスの時期だからな」
「コスモスって、花の名前ですか、と」
「ああ。秋に咲く花だ」
 ミッドガルで、花の名前に詳しくないという人間は、少なくない。花自体が親しまれていない 土地柄なのだ。ミッドガルで生まれ育ち、一歩も外に出たことがないという スラムの人間ならば、花を見たことがないという者もいるかもしれない。
 ツォンは2人に背を向けてエレベータに乗り込む。
 薄い桃色の花は、持っている男が歩くだけで、ふわふわとその身を揺らした。





 秋って哀しいね、と、彼女は呟いた。
 ツォンは教会の長椅子に座ったまま、彼女の横顔を見つめる。
 その女・・・、エアリスは立ち上がり、スカートの裾を払った。薄桃色の、 今、手入れをしているコスモスと同じ色の、ワンピース。ある日を境に、 彼女は、その色の服しか着なくなった。
「彼が大事なひとを亡くしたのも、彼と会うのが最後になっちゃった日も、 みーんな、秋だったよね」
 男は脚を組んだまま、静かに目を伏せる。
「コスモスが、咲いていたのか・・・?」
「うん。今みたいに・・・、たくさん咲いてた」
 昔と変わらぬ笑顔で、エアリスは言う。
「ごめんね」
 そう言葉を添えて、彼女は細い茎をぱちんと鋏で切り、目の前に座っている 男に花を手渡した。
 濃い桃色の、強く可憐な花。
 ツォンは、彼女の羽織っているジャケットのような色だと思った。
「コスモスって、丈夫な子なの」
「そうなのか」
「うん、あまり手がかからなくて、いい子よ」
 エアリスは男の隣りに座り、その花びらを撫でた。
 愛に満ちた指先。
 この花も、彼女によって摘まれるならば、本望なのだろう。
「そういえば昔・・・、ウータイから来た者に聞いたことがある。コスモスは、 ウータイでは秋桜というらしい」
「さくら?私、まだ見たことない」
「ウータイは、春になると桜で満開になるらしい」
 それはそれは美しいのだと、その男は、懐かしそうに話していた。
「私も、見てみたいなぁ・・・」
「いつか、見られるさ」
「ツォンが一緒なら、旅に出ても平気かな?」
 少女の頃と変わらない、無邪気な声。
 監視つきといえども、神羅が彼女の旅行を許すはずはない。
 そのことは、彼女も解っているのだろう。
 叶わないだろう夢を、精一杯の本気で願い、笑う。
 だからこそツォンもまた、微笑むしかない。
「ああ、きっと行ける。約束だ」
 エアリスはおかしそうに、口元に手を当てて笑う。
 柔らかな巻き髪が揺れた。
 約束と言いながら、「きっと」をつけるしかない、そんな己の無力さに、ツォンは 腹がたった。
 時に、どうしようもなく感じる。
 神羅から逃がしてやりたい気持ち。しかし、神羅から逃がしたら、自分は 傍で守ってやれぬという気持ち。
 ツォンは毎日、毎日、10ギルで花を買う。
 彼女の笑顔のために。
 どんなに大それた希望を持っても、所詮、自分が彼女にしてやれることの 限界は、そんなものだ。
 それすら、自分のためかもしれぬというのに。
「もう、行かなくては」
 長椅子から立ち上がり、ツォンはエアリスに10ギルを手渡す。
「ありがとう。大事にしてね」
 嬉しそうに笑うエアリスに微笑みを返し、ツォンは天井を見上げた。
 壊れた天井から、弱い風と光が差し込んでいる。
 その冷たさが、秋の訪れを告げる。
「明日も来る?」
 何かをねだるように首を傾げ、エアリスは立ち止まったままのツォンに問いかける。
「来るが・・・、なぜだ?」
「新しいお花を植えたいの」
 わかったよ、というように、ツォンは片手を挙げた。
「手伝えばいいんだろう」
「ありがとう」
 花よりも美しい笑顔に背中を向け、ツォンは教会の扉を開く。
 手に持った花が、風に負けまいと揺れる。
 ツォンは目を閉じた。
 次に、この花が咲く頃には、もう哀しいことが起きぬように。
 そう、祈る。

















 ザックスが亡くなる1年前、ぐらいのイメージです。
 以前アップしていたツォンエアで書きたかったことを少し 残しながら、書き換えてみました。
 というか、ツォンエアかどうかも解りませんが・・・笑

 CCではエアリスとザックスの絆が強すぎて、ツォンエアを 捩じ込むスキもないので、公式に反しているようなカップリングですが・・・、 こんなサイトをやっていて、今更そんなことを言っても仕方ないので笑、 結局書いてみることにしました。



 2007.10.××






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