B C Party

 




Eifersucht






 この気持ちを、どこにもやることはできない。自分の中で始末して、そうして 新しい何かを見つけて?
 ・・・くだらない。



 知っていたけど、認めたくなかった。



「あー、始末書書くの嫌なんだよなぁ」
 ゴンガガでクラウド一派に手痛い傷を受けたレノが、ボールペンを咥えながらブツブツと言っている。 次に言う言葉は、想像がついた。
「滅多に失敗なんかしねぇからな、と」
 ほらね。
 私はため息を漏らす。この人と同じ部屋で仕事をしていると、落ち着かないし、 まず仕事がはかどらない。なぜなら、自分の仕事を押し付けてくるか、 私の邪魔をしてからかうか、大抵どちらか一つだから。
「イリーナちゃーん」
「・・・なんですか?」
「お前、見ただろ?お花のおねぇさん」
 ペンを持つ手が、不覚にもぴくりと動く。
 忘れようとしていたのに・・・。
「二度目だよな?ミスリルマインで会ったらしいしな、と」
 そのとおりだ。エアリスに会ったのは、二度。
「気にしてる、とか?」
 咥えるものをボールペンから煙草に変えて、レノはにやにやと笑う。私の 気持ちを全部見透かした笑い方。いつもそれが気に食わない。
「何が言いたいんですか?」
「べつに。惚れた男が惚れた女を見るのって、どういう気持ちかと思って。 そういうの、興味あるんだけど?」
 がらがらと椅子を動かして、私の背後にレノが回る。
「・・・別に、どうとも思っていません」
「いーや、嘘だな、と」
「煙草の煙、こっちに向けないでください」
「そうやって話を誤魔化そうとするの、癖?」
 いらいらする。
 あの日、エアリスを見た日から、私のイライラは収まらない。ツォンさんも、 エアリスがミッドガルを出た日から落ち着かない様子で・・・、それが、 さらに私の心を揺さぶった。
 そして、更に揺さぶりをかけるのが、こいつ。
「カリカリしてんな、髪の毛傷んでるぞ、と」
「さ、触らないでください!」
 レノの触れた襟足をかばうように、私は振り向いた。
「教えてやるよ」
 たばこの紫煙が、換気扇に吸い込まれゆくのが見える。
「ツォンさん、昔からいっつも古代種に会いに行ってた」
 心臓、うるさい。
「説得、とか仕事っつって、教会でお話して、帰ってくる」
 聞きたくない。
「ハッ、説得どころか、二人はその時間に愛を育んでるんだぜ?」
 レノが右手に持っていたコーヒーの缶を見せる。
 その指先の動きが、いやにゆっくりと見えた。
「だから」
 煙草の吸殻を缶の口元に持ってゆく。
「イリーナちゃんがこうしてねじ込む隙は」
 いや!
「ないんだぞ、と」
 吸殻が、缶の暗闇の中に消える。
 気付くと、私は右手で左手に爪を立てていた。
 レノが、みみず腫れのできた私の手をとる。
「かわいそうに・・・」
 もう、いや。
「いつかこうして、キスをくれる王子様になると思ってた?」
 レノは不気味なほど優しく微笑んで、恭しく私の傷跡に口付ける。その音が、 いやに響いて、頭が痛くなった。
「な、にを・・・」
 涙が、出なかった。



 私は、何を知っていたのだろう?
 ツォンさんの想う人?エアリスの想う人?それとも、自分の気持ち?痛いほど 感じていたのは、そう、ただ・・・、レノという男が私とツォンさんを 引き離そうとしている、ということだけ。



 笑えた。
 理由は解らなかったが、笑って、私は問う。
「先輩、そんなことしているけど、私のこと好きなんですか?」
「へぇ?」
 不敵な笑み。
 憎らしくて仕方ない。
「俺が知りたいのは、上司に恋をして失恋する女が、どういうふうになるか、 それだけだぞ・・・と」
 勢いよく椅子を動かして、レノは自分の席に戻る。
 私・・・私は・・・書類を見つめた。見つめて、頭に入らない言葉を 飲み込もうと、同じところを五回ほど読んだ。でも、読めなくて・・・?



 私は、どうなってしまうのだろう。
 わからなかった。自分の気持ちだけを知っていて、それからどうしたらいいか、 どうなってしまうのか、全然解らない。理解できない。
「イリーナ」
「え・・・」
 はっと振り向くと、そこにはまた椅子に座ったまま動いてきたレノがいる。
「どうぞ、姫」
 ニヤニヤと笑うレノが差し出したのは、消毒液。
「傷が痛んで任務に支障が出ては困りますからね、と」
 私は、思い切り睨みつける。
「お気遣いありがとうございますっ」
 ひったくるように消毒液を取り、ティッシュにそれを滲み込ませ、 傷口を叩いた。
 滲んだ血をふき取るように、その痛みで心の痛みを紛らわせるように。そして、 受けた口付けの熱を、ひとかけらも残さないように。
「・・・平気」
「あ?なんか言ったか?」
「なんでもないですっ」



 平気。
 明日、ツォンさんに会っても、笑える。



 椅子に座ったまま、レノの背後に移動する。
 肩越しに消毒液を差し出す。
「これ、ありがとうございました」
「どういたしまして、と」
 振り向かないで、レノは始末書を書いている。
「あの、先輩」
「あー?」
 まだ振り向かない。
 癪にさわった私は、赤い尻尾を指で摘まんで引っ張った。
「いてっ!」
 やっと振り向いた。
「・・・先輩、もしかして狙ってたんですか?」
「逆療法は効いたかな?・・・と」
 ニヤリとレノが笑う。つられて、私も笑ってしまった。



 本当は、逆療法なんて考えていないのかもしれない。ただ、私のことをからかって、いじめて、 それだけを楽しんでるのかもしれない。でも・・・。
 今は、それでいい。
 今は、平気。
 そう思えるだけで、いいんだろう。
 たとえ、癒えなくても、そう思えるだけで。







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