最高の殉職

















 彼は、腹上死をしたいと、呟いた。
 拳銃に弾丸を装填しながら、ツォンは振り向く。
 廃墟となった建物の中で、レノは月光だけを受けて目を伏せている。
 ガラスが抜けている窓枠には、壊れたブランイドがだらしなく垂れ下がり、 風が吹くたびに金属を引っ掻くような音が響いている。
 男が座っている置き捨てられたソファのレザーは硬化し、破れた肘 掛けの隙間からは、安っぽいウレタンチップが覗いている。
 それを指で摘みながら、レノは言葉を注ぎ足す。
「別に、相手が男でも女でも、上でも下でも、なんでもいいんですけどね、と」
 最後の「と」は、ブラインドが軋む音に掻き消された。
 かしゃん、と、ツォンはマガジンを収める。
 箱からこぼれた弾丸を戻しながら、彼は静かに問うた。
 なぜだ。
「・・・なんでって、そう思わないんですか、と」
 この男は時折、何も質問に答えないまま、相手に投げ返す。
 今もそうだ。
「勝手に死ね」
 感情の一滴もこめられていない言葉に、レノは笑う。
「嘘ですよ」
 言うと同時に古いソファから立ち上がり、置き捨てられた机の上で、弾丸を丁寧にひとつづつ箱に戻している 上司の背後に立つ。スーツの肩に顎を乗せ、レノは背中越しにハンドライトに触れた。
「嘘ですってば、と」
「私がそう言ってほしいとでも思っているのか」
 レノは耳元で笑い、手に持ったハンドライトを弄ぶ。
「相手が誰でもいいなんて、嘘ですよ、と」
 だから安心してくださいよ、と。
 勝手にそう喋り続ける男に、ツォンは何も言わない。
 それは、レノの言葉が的外れだからではない。
 あまりにも正しすぎるから、だ。
 赤鉛筆で訂正する箇所もないほど、完璧な答案。
 ツォンは箱に蓋をすると、とん、と立てる。
 そのまま肩に手を伸ばし、細い顎を掴み、身体を回す。
 振り向けば、幾度も殴りたくなった顔がすぐ近くで笑っている。
 こいつは私を上司だと理解しているのだろうか、と、ツォンが考える 間もなく、相手は自分の首に腕を回し、甘えるように口唇を強請る。
 確信犯。
 冷徹な論理でツォンを黙らせ、完璧なほどの「無邪気」を装い、一瞬の隙をついて ツォンの鉄壁を突き破る。
『あなたは年上です、上司です、おれはいい子にします』
 そう持ち上げておきながら、『だから全てを頂戴』と囁く子供。
 この一連の行動が全て「戦略」だとしても、ツォンは抗えない。
 そう悟った時にはもう、奪われているのだ。
 口唇を離し、その確信犯はもう1度笑みを作った。
「ツォンさんとやりながら死んだら、最高の殉職だと思いますよ、と」
 めちゃくちゃ上司に尽くしてる感じですよね、と。
 そんな支離滅裂なことを、耳朶を噛みながら囁く。
 この言葉も全て確信犯の戦略なのだと、幾度も、幾度も、ツォンは自分に言い聞かせてきた。
 それでも彼の鉄壁はいつも破られてしまう。
 そのたびに「なぜだろう」と考える彼は、肝心なことに気付いていない。





 本当は鉄壁など存在していないのだ、ということを。












 2本目のレノツォンレノです。
 ACを観たときの、レノの受け顔には驚愕しました。
 それを思い出しながら書いたものですが、基本的にはレノツォンレノなので 上でも下でもどっちでもいい感じで。
 年下攻めとかも好きです。あ、どうでもいいですか。すいません。



2006.3.1






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