B C Party

 





残酷な腕の愛撫






「はい、神羅カンパニー総務部調査課です」
『あの、レノはいますか?』
「は、い。少々お待ちください」
 机に脚を乗せて、レノは愛用のロッドを磨いている。
 イリーナは保留ボタンを押して受話器を置く。
「レノ先輩、お電話ですよ」
「は?誰だ?」
「知りません。名乗らなかったので。でも、若い女の人です」
「げ。ツォンさんいなくて良かったぞ、と」
「・・・。二番に繋いでおきますね」
 後頭部を掻きながら、レノは受話器をとる。
「はい、レノです、と」
 そう出た瞬間、イリーナにはハッキリと聞こえなかったが、女性の 怒鳴り声らしいものが響く。レノは慌てて受話器を耳から離して眉間に 皺を作った。
「なんだよ?・・・え?だから、このあいだのことは悪かったって。は? 嫌だぞ、と。お前だって解ってるつもりだぞ・・・っと」
 しばらくレノは沈黙する。
「・・・もう会わないって言ったはずだぞ、と。お前とはこれっきりだ。 二度と会社に電話してくるな。主任がいると面倒なんだぞ、と」
 そう言い残すと、まだ声の響いてくる受話器を、レノは無言で下ろす。
「やれやれ・・・」
「酷いオトコ、ですね」
「別に・・・今までは簡単に切れられたけど、たまに、ああいう勘違いした 女がいるってだけだぞ、と。俺は割り切ってる」
「・・・・・・」
 確かに、今まで二度程、レノには女性から電話がきていた。
 その時も、レノは今と然程違いのない声で同じことを言っていた。
(なによ。女ったらし)
「お前、女ったらしって思ってるだろ?」
「えっ!?」
「やっぱりな」
「ち、違うんですか?」
「別に、付き合っている素振りをして、軽く捨てたとか、そんなことはしてない。 全部、遊びだって割り切ってる」
 コーヒーを淹れにイリーナは席を立つ。
「・・・先輩、女の子好きなんですね」
「は?」
 レノは煙草をもみ消す。紫煙が流れた。
「もしかして、妬いてるのかな?と」
「えっ・・・」
 気付くと、背後にレノが立っている。
 イリーナの肩に顎を乗せて、レノは笑った。
「男を何人もたぶらかしてそうな顔して、言うことはけっこう純情ですって感じだな。 嫌いじゃないけど・・・」
「そ、そんなこと・・・」
 イリーナのカップを持つ手が固まる。
「もしかして、緊張してる?」
 顎が置かれている肩に熱がこもっている気がする。
「なんか、耳まで赤いけど・・・?」
「っ・・・先輩・・・ツォンさんたちが・・・」
「ルードは休み、ツォンさんは仕事場から帰宅。なにか問題でも?」
 どうしたらいいか、イリーナには解らなかった。
(身体が、動かない)
「お前、けっこう胸ないよな?」
「なっ・・・!」
「まあ、そういうの嫌いじゃないけど」
 レノの唇がイリーナの耳に触れる。
 次は、首筋に。
 レノはふっと笑う。
「ブロンドからうなじが見えるのって、超エロい」
「せ、先輩・・・」
 レノの息が首筋に当たるのが解る。
 力が抜けて抵抗できなくなっていくのが、イリーナは自分で解った。だが、 どうすることが出来ただろう?
 カップを握った左手に、不意に触れられる。
「あ・・・」
 イリーナの指が震えて、カップが床に落ちる。
 幸いカップは割らなかったが、床に黒々とブラックコーヒーが流れた。
「こ、コーヒーが・・・」
「どうでもいいだろ、と」
 背後から、両腕をとられる。
 レノはまたイリーナの首筋に口付けた。
「抵抗するなら、したほうがいいけど?」
(この人、笑ってる・・・)
 そう、そんなのいつものことだ。レノはイリーナを翻弄するようなことばかりして、 ただ笑っているのだ。
 イリーナは、ぐっと両腕に力を入れる。だが、レノの力は案外強く、イリーナには 振り切ることができなかった。普段の細い腕から、レノの力は想像できなかった。
「どうしてほしいのかな、と」
「えっ・・・」
「ここで最後までしちゃう?」
「そ・・・んな」
 レノは左手をイリーナの手首から離すと、その腰を抱き寄せる。
 抵抗しなくてはならないのに、それができない。
 だが、イリーナにはわかっていた。
 レノに、どこまでか解らないことをされるのを、
(願っている・・・?)
 ネクタイが引き抜かれる。
 離されて落ちた左手の指が震えていた。
 イリーナがそう気付いたときだった。レノは黙って身体を離す。
「やめた」
「え・・・」
「ガッカリ?」
「ち、が・・・!」
「ここで最後までしても別にいいけど、それだと、それだけで終わるからな、と」
 カップを拾って、レノはシンクに置く。
「・・・遊びなんじゃないんですか?私にこういうことしたのだって・・・、 私のことからかって・・・」
 イリーナは首にかかったネクタイを握り締める。
「さぁ?からかってはいたかもな、と」
「やっぱり・・・っ」
「つまり、ちゃんと同意の上したいってことだぞ、と」
 可笑しそうに、レノは彼女を覗き込んだ。
 どこか挑戦的な瞳。からかうような口ぶり。
「なに、それ・・・」
 イリーナの瞳から、涙が零れる。
(やば・・・)
「お前がちゃんと同意してくれない、困るんだけど?」
「し、らない、そんなの・・・」
「約束だぞ、と」
 勝手に小指をとられ、指きりをされる。
「大っ嫌い・・・」
「どうも」
 イリーナが睨みつけると、レノは屈んで彼女の目尻に口付ける。




 イリーナは心に決める。
 むかつくから、同意なんか、長い間してやらやない。
 胸が締め付けられるほど恋焦がれて、あいつを全て手に入れて、そうしても 渇望してしまうぐらいになったら、言うの。
 別に、いいわよって。何もない素振りをして。
 どうせ、見抜かれてしまうけど、精一杯の抵抗。
 あの人の残酷な腕に対抗するには、こっちも残酷になるしかないの。









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