彼は、時計を手にしない。
 そんな男の元に時計を持って来たツォンは、どこか滑稽さを含んでいて、宝条は 笑わずにはいられなかった。
「時計を、直せますか」
 張りのない声で、ツォンは言う。
 宝条は興味深そうに、彼と、差し出された時計を見比べた。
 時計を持つ腕には、既に腕時計がはめられている。神羅から社員に支給されている、ミリタリーのものだ。 それは電波時計であり、狂うことはまずない。
 それなのに、なぜ彼は、アナログの懐中時計などを差し出すのか。
「直せますか」
 もう1度言うツォンに、宝条は微かに笑う。
「直せないことは、ないが」
「・・・ないが、なんですか?」
「なぜそれを直したいのか、訊いてもいいか?」
 その問いに、やはりツォンは面倒臭そうに目を逸らす。
「会社から支給される時計は、高いとご存知ですか?」
「らしいな」
 と言うものの、本当は値段など知らない。
「壊しても修理はタダですが、なくしたバカがいまして」
「・・・どこかの、赤毛かな」
「ええ。再三、時計を持てと言ったのですが、高いから嫌だと理由をつけて持ちません。 ですから」
「きみのお古を、ということか?」
「そういうところです」
 ですが、懐中時計しか、なくて。
 つくづく面倒だというように、ツォンは眉を寄せる。
 あんなやつのために、と、目が言う。
「・・・直してやろう。すぐに終わる」
 宝条は銀色の懐中時計を受け取り、ツォンに背を向ける。
 背後で彼が「ありがとうございます」と言っていたが、宝条は彼のために直すわけではなかった。 ただ、あのレノが時計を持つことになるのか、知りたかっただけだ。










 時計をね、貰いましたよ。
「博士が直してあげたらしいですね、と」
 レノが懐から懐中時計を取り出す様は、可笑しかった。
 まるで、彼のポケットから飴玉が出てきたような、違和感。
「似合わないな」
 言って、宝条は煙草でその時計を指す。
 レノもまた、笑っていた。
 持て余すようにして、再びそれを懐に戻す。
「いつかこれが、命を守るかもしれませんからね、と」
「命を?」
「ほら、映画みたいに」
「ああ、銃で撃たれても、それが入っていて助かるとか、か?」
「それそれ。そんなことがあれば、感謝しますよ、と」
「時計にか?ツォンにか?」
「さぁ、どっちですかね、と」
 くたびれたソファに凭れて、レノは胸に触れる。
 その行動に、宝条は再び笑う。
 そんなに『なにか』を大切そうにするのが、また、不釣合いで。








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2005.07.22





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