夢など見ない、と、彼は言った。
 眠っているときのそれではなく、未来への展望。そういう意味での夢。そんなものはいらないと、 宝条は続ける。
 なぜかと、レノは問わなかった。
 そう、夢を持つということは、空想をすることと変わらないから。
「じゃあ、野望は?」
 笑みを含んだ声が、白衣の背中に降りかかる。
 宝条は振り向かずに、ただ、肩を竦めるだけだ。
「いつか叶うと解っているものなど、野望じゃない」
 ただの人生設計だ。
「じゃあ、人生設計はしているんですね」
 不透明な未来でも。
「私の未来は、不透明だとでも?」
 そんなことはないと、レノは首を左右に振った。
 宝条は相変わらず振り向かなかったが、レノには彼の表情が解っていた。きっと、 自嘲的に笑っているのだろう。いつものように。
「私は、どうやって死ぬのかまで、解っているよ」
「まさか」
「まさか?」
「死なんて、天災と同じですよ、と」
 いつくるかも解らないのに、そんなこと。
 煙草の煙を吐き出して、レノは笑う。
 おかしいか、と、問うて、宝条も笑った。
「だが、真実だ」





 どうしてこのひとは、現実的なように振舞うのだろうか。
 レノはぼんやりと、その背中を見つめて考える。
 死の設計なんて、空想そのものだ。それが真実だとしても。
 本当は、どこまでも野望を持ち、夢を持っているのに。
 曖昧に、言葉を濁して、現実的な人間を振舞い続ける。





「じゃあきみは、夢を持っているのか」
 逆に問いかけられたレノは、宝条のしたように肩を竦める。
「おれは、現実的でも、夢みがちでもないですよ、と」
「それは答えじゃないだろう」
「・・・・・・夢なんて、見るだけで充分ですよ、と」
 それもまた、充分な答えではなかった。
 宝条のように、完璧な曖昧さで言葉を濁せなかった。
 だが、嘘はついていなかった。
 自分が持っている夢など、どこにも、ないのだから。





「俺は、博士のことが少し、羨ましいですよ、と」
「・・・おかしなことを」
「だって・・・・・・、・・・、いや、いいです、と」










 だって、はぐらかせる夢であっても、持っているのだから。













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 またふたりの、無意味な話です。
 だから何が言いたいとか、そういうものも何もなく。
 


2005.06.02





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