午前中一杯の外仕事だった。レノはその帰り道、車の窓から 珍しい露店を見つけた。反対車線の歩道に、その店は手書きの看板を出していた。 そこには黒いペンキで「スイカ」と書かれている。その文字の右側には、さらに 赤い色で「甘い」と付け加えられていた。
 露店というほどの露店でもない。古びた木の台の上に、大小20個ほどの すいかが2列になって並んでいる。
 レノは1度車で行過ぎたが、しばらく走った後にUターンして戻ってきてしまった。こんな 街の中でのすいか売りは胡散臭いのか、相変わらずそこには誰もいない。
 車を降りたレノは、煙草を吸いながら新聞を読んでいる男に声をかけず、すいかを見下ろす。 甘いと書かれていても、そんなはずはないだろう。ミッドガルで「本当に甘い」すいかなど、 存在しているはずがない。彼はそう思っていた。
 新鮮なのかも解らない、1番小さいすいかを持ち、レノはやっと男に声をかけた。
「いくら?」
 自分で売っていながら「こんなもの買うのか」という目で、男は新聞から目を上げる。 値段など考えていなかったのだろうか、男はしばらく考えて、「50ギル」と言った。小玉の割には高いと思ったが、 まだ季節ではない。こんなものか、と、レノは小銭を男に手渡す。
 車の助手席にそれを乗せて、彼はようやく本社へと向かった。





 片手に直径20cmほどのすいかを乗せ、もう片方の手で煙草を吸いながら、レノは本社の中を歩いていた。 その異様な光景に、何人もの社員が彼を見つめる。廊下の途中にあった灰皿で煙草をもみ消して、 レノは67階へ向かった。
 最初から、タークスのオフィスに戻る気などなかった。





 宝条のラボは、いつものごとく主しかいない。
 レノは顕微鏡を覗いたままの宝条のデスクに、すいかを乗せた。
「・・・なんだこれは」
 新しい煙草に火をつけて、レノは可笑しそうに笑う。
「すいかですよ。見たことないんですか、と」
「バカにするな」
 突然デスクに陣取ったすいかを、宝条は迷惑そうに見つめている。早くどこかにやってくれと 言いたそうな目に、レノは仕方なく従った。
「食べませんか、と」
「そんな水っぽいもの、好きじゃない」
 それなら水を飲んだほうがマシだ、と付け加えて、宝条は再び顕微鏡を覗きこむ。紙面を ほとんど見ずに、手元の紙に何かを書きこんでいた。
 レノは宝条の意見を無視して、シンクの下から包丁を取り出す。
 咥え煙草のまま、彼は切れそうもない包丁をすいかに入れた。





 これほど嫌そうにすいかを食べる人間を、レノは今まで見たことがないと思った。その 男は、手も顔も汚したくないのか、神経質そうな表情で少しづつすいかを齧る。 何枚も何枚も、ティッシュを使っていた。
 レノはそんな彼を見ながら、すいかを食べた。
 案の定、薄い色に反しないほど、薄い味だった。水気もあまりなく、ところどころ ぱさぱさとした実である。予想通り、甘みもない。
 それでも、彼は、数年ぶりのすいかを楽しんでいた。
 宝条にとってのすいかは何年ぶりなのかと尋ねようとしたが、やめた。どうせ、 最後に食べたすいかのことなど憶えていないだろう。
 小玉といえども、四分の一をひとりで食べるのはきつい。元々食が細い宝条は、半分まで 食べると皿に置いた。
「だから、すいかなんて嫌なんだ」
「久しぶりだと、おしいくないですか、と」
「きみは嘘つきだな」
 ティッシュを箱から2枚出して、宝条は指を拭う。
 レノもまた、半分までですいかを置いた。
「もし、この世の中にすいか以外の食べ物がなくなったら、いくら博士だって食べるでしょう」
 そんな問いに、宝条は辟易とした様子で肩をすくめる。白い指が、ゴミ箱に ティッシュを投げ入れた。
「それでも嫌だな」
「死んでしまっても?」
「そのほうがましだ」
「嘘つきですね、と」
 自嘲的に笑い、宝条は白衣を脱いだ。椅子の背もたれにかけられた白衣には、 薄く赤い汁が飛んでいた。汁が多い、ということも、宝条にとっては嫌なことらしい。
 丸々半分残ったすいかを、レノはぼんやりと見つめる。
「残ったのは、サンプルにでもやってくださいよ、と」
「私のサンプルはすいかなど食べない」
 その日2度目の嘘に、レノは笑う。





 彼らの会話は、嘘で成り立っていた。








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 レノと博士の話は、話自体に意味とかテーマがなくても成り立つ感じが好きです。この 2人というだけで、だいぶ意味がある気がします。


2005.05.20





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