彼女はいつも、車を綺麗にしていた。
 中は勿論のこと、外もである。
 それでも彼女は困ったように笑っていた。
「でも、免許取りたての頃は、あちこちぶつけて大変でした」
 そう言って、傷のあった場所を指差す。
 そこには当然もう傷はなく、美しい光沢が残っているだけだ。
 言われた男・・・、ルードは、黙ってそれを見つめる。
 自分の姿が、その美しい表面に写っていた。





 彼女はいつも、笑顔で仕事をしていた。
 前日に何があっても、次の日には必ず笑っている。
 公私混同をしたくないという気持ちの表れだろうか。
 それでも彼女は、困ったように笑って言った。
「でも、昨日はレノ先輩とケンカして大変でした」
 そう言って、少しだけ、顔を伏せる。
 それでも彼女は笑っていた。
 そこに傷などないかのように、ルードに笑う。





 その日の朝、イリーナはルードに言った。
「今朝、車に傷がついたかと思っちゃいました」
 唐突に言われたルードは首を傾げるばかりだ。
「遅刻しそうだったから、細い道を通ってきたんです。少し危ないかなぁと思ったんですけど、 なんとか抜けられて。そうしたら、ボディの左側でカリカリって音がしたんです」
「・・・・・・それで?」
「降りてみたら、大丈夫でした。良かったです」
 近くの植え込みの枝がひっかかったらしい。
 そう言いながら、彼女は安心したように微笑む。
「多少傷ついてもいいですけど・・・、つかないほうがいいですから」
「・・・・・・そうだな」
 それだけの会話。
 ルードは無難な返事をして、笑顔の後輩を見上げる。





 傷ついてもいいけれど、つかないほうが、いい?
 ・・・その言葉を、レノにも言えばいいのに。
 そう思っても、彼は決して言葉には出さない。





 傷を受けても、上から色を被せて隠してしまう。





 おまえは、車とは、違うだろう?





 乗られて傷つけられるだけでは、ないだろう?








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 な、なんだか空しい話になってしまいました・・・。


2005.05.01





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