その瞬間、ふたりは女の背後にいた。
 いたにも関わらず、何もすることができなかった。
 突発的な爆発の熱風と衝撃に、3人とも動けずにいた。
 気付いたときには、2人の男の足元に倒れる後輩の姿。










 なぁ、俺が後悔してるって言ったら、笑うかな、と。










 宝条は呆れたような声で笑っていた。
 若い女の子が、顔面に火傷なんて、切ないものだ。
 そう言いながら、レノに氷を手渡す。
「君は何をしていたのかな?」
 侮蔑するような問いに答えず、レノはイリーナを見下ろす。
 診察台の上で、その後輩は目を閉じていた。
 麻酔で眠らせたにも関わらず、燃えるような痛みに、時折、声が漏れる。それはそうだろう。 手榴弾の爆発を眼前で受けてから数時間。今が1番痛みのひどい時間だ。
 薬を塗ったガーゼの上から、レノは静かに氷をあてる。
 それだけのために、自分は今、ここに存在している。
 それなら、あの瞬間は。
 あの瞬間、自分は何のために、あそこに存在していたのか?
 後輩が吹き飛ぶのを目の当たりにするため、か?
「何を笑っている?」
 宝条の問いに、レノは大袈裟に肩を竦める。
「博士なら、解るはずですよ、と」
 愚かな自分に笑ってしまうこの感情が。





 部屋に現れたツォンに、レノは小さく頭を下げる。
 今ならば、全ての叱責の言葉を受け入れられる。
 そんな、珍しい類の覚悟。
 ツォンはイリーナを覗き込み、軽く息をつく。
「痕は残らないのだろう」
「・・・そう、博士は言ってました、と・・・」
 予想外の言葉に、レノはうまく言葉を吐き出せない。
 彼は、傷跡のことを気にするような男だっただろうか?
 タークスに入ってどんな傷を受けても、それは自己責任だ。
 そんなことを言うのではないか、と、考えていたのに。
「すんませんでした、と・・・。俺がいたのに・・・」
「・・・珍しくしおらしいな」
 笑って、ツォンは煙草を取り出す。差し出されたそれを1本受け取り、 レノは目を伏せる。
「博士に言われただろう」
 おまえは何をしていたのか、と。
「実際、おまえがいたからって、何になったんだ?」
「・・・・・・」
「そんなものだ。人間なんて」
 誰かのために何かをできるなんて、思うな。
 してやった、なんて、傲慢な考えだ。
 所詮お前も、ただの生身の人間だってことだ。
「・・・追い討ちですね、と」
「お前はまだいい」
「・・・・・・」
「そうして今、してやれることがあるだろう」
 ツォンが指差した先には、レノが持つ氷の入った袋。
「どうしてお前は自分を助けてくれなかったのか。・・・そんなことを、イリーナが 言うはずもない」
 ・・・それは、確かな事実。
 彼女は、今こうして自分が氷をあてていることを喜ぶだろう。
 それだけの、あまりにも素直な、女。










 傷跡が残ったら、おまえは哀しむだろうか。
 それとも、仕事のためだと全てを受け入れるだろうか。
 そんな心の葛藤をするのが、女ってものだろう。
 どちらにしても、俺は。










 俺は、何も変わらないぞ、と。













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 イリーナがひどい顔になってしまっても、レノは何も変わることなく、イリーナを いじめて、からかって、恋人でありつづけるだろうな、という話。
 それは償いの気持ちではなく、単純な愛情。
 珍しい自責と、彼女には見せない心の葛藤。

 顔を火傷してから思いついた話です。



2005.04.23





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