B C Party

 





ふるえる うで






『私の腕は 人の命を奪うには 小さすぎるのでしょうか?』





「ツォンさん、マジであいつに行かせるんですか?」
 無表情にパソコンのキーボードを叩いているツォンの横に、レノが立つ。相変わらずの 着くずした制服。無造作に結んだ、真っ赤な髪の毛。ベルトに刺さったロッド。その服装に、ツォンはもう 何も言わなくなった。どうせ言ってもきかない。
「なんのことだ」
「イリーナの次の仕事ですよ、と」
「・・・あいつにも出来る仕事だ」
「けど・・・」
 けどあいつに、その後、背負うことができるのか?
 その問いを、レノは口には出さない。
 ツォンは無表情にキーを叩き続けていた。
 レノは溜息を漏らし、後頭部を掻く。
「いえ、いいス・・・邪魔してすんません、と」
 レノはそのまま部屋を出ると、廊下の喫煙席の椅子に座る。
 空気が、ひどく重苦しくレノを圧迫した。
 心配、とか、そういうものじゃない。
(けど・・・)
 ジッポを取り出してタバコの火を点ける。
「殺しなんて、嫌でもないけど、楽しくもないぞ、と」
 そう。べつに、嫌じゃない。気付くと、吐息がひとつの炎を消してしまったのと 同じだ。だから、恐れたこともない。だが、好き好んでしているわけでも、ない。
 レノは思う。
 自分なら、耐えられる。
 でも、あいつは・・・?



「あ、先輩。おはようございます」
 いつもと変わらない静かな、朝だった。
 そして、イリーナも、いつもと変わらない。
 きちんとスーツを着て、ブリーフケースを抱えている。
「・・・初の、一人仕事だな、と」
「はい!ちゃんとうまくやりますからね」
「ま、がんばれ。仕事なんて簡単だぞ、と」
 そう、とても、かんたん。
「・・・先輩、具合でも悪いんですか?」
「なんでかな、と」
「がんばれなんて、いつもは言わないじゃないですか」
 イリーナはくすりと笑って、黒いグローブを手にはめる。
「それじゃあ、先輩のほうもお仕事頑張ってください」
 金髪が揺れて、女はレノに背中を向ける。
 レノはポケットに手を入れたまま、その背中の消えた廊下の角を見つめ続けた。



 痛みは その時 やってくるものではない。



 イリーナは、午後には帰社した。
 昼の電車の中で、その『仕事』は行われた。
 そう、なにげなく。なにげなく、ひとつの火が、消える。
「・・・行ってきました」
 ツォンはパソコンから顔を上げて、報告書専用の書類をイリーナに差し出す。
「何か問題はあったか?」
「いえ、なにもありませんでした」
 書類を受け取りながら、イリーナは微笑んで答える。
 レノはボールペンを咥え、彼女の横顔を見た。
 かたりと、彼女はデスクにつく。
 机の上で握られた拳が、小刻みに震えていた。
(そーら、おいでなすった)
 ルードを見ると、彼も気付いたのか、レノのほうをちらりと見る。レノは黙って 肩をすくめた。
 イリーナはすぐに席を立つと、部屋を出て行く。
 その足取りはぎこちなく、顔も青ざめていた。



「痛いのか?」
 イリーナがトイレから出てくると、レノが壁にもたれかかって立っていた。腕を 組んで、首を傾げ、薄く笑う。
「・・・待ち伏せなんて、趣味が悪いですよ・・・」
 ハンカチで口元を押さえ、イリーナはレノを睨む。
「痛いのか?って、訊いてんだよ」
「何がっ・・・」
「ここが、さ」
 レノは人差し指でまっすぐ、イリーナの胸元を指差した。
 急に流れた社員呼び出しの放送に、イリーナの肩がびくっと震えた。廊下は誰も 通らず、ただ、静かに二人だけが立っている。
「私・・・仕事を・・・」
「あ?」
「仕事、一人で出来て良かったって思ったんです。これで、一人前になれたって・・・ でも・・・私・・・違う・・・」
 イリーナの手の震えが大きくなり、床に涙が落ちた。
「怖、い・・・」
 レノは黙ってイリーナの手からハンカチを取ると、乱暴にイリーナの涙を拭った。
「・・・わ、私、人を・・・」
「もう、いいぞ、と」
 レノはため息をつく。
 ガラでもないけど、仕方ない。
 その心の空洞をレノも知っているから。
 そこから吹き入ってくる風の冷たさはどうしようもなく、慣れるしか耐える方法がないと、 知っているから。
 だから、レノは、イリーナの冷え切った両手を握った。
「う・・・っ」
 嗚咽が響く。
 それは、誰にもどうにもできない心のひずみ。
「別に、誰が怖がってもいいじゃねぇか」
「だっ・・・て・・・」
「俺はお前のこと、怖くもなんともねーぞ、と」
「せんぱ・・・」
 イリーナが涙に濡れた顔を上げる。
「お前、俺が怖いか?」
 イリーナはまた俯いて、小さく頭を振る。
「・・・。それと、同じだろ」
「え・・・」
「俺は、世界中の人間に怖がられても、 そう思ってくれるやつが、ほんの少しいれば、それでいい」
 ふっと笑うレノに、イリーナもつられて笑う。
「先輩らしいですね」
「・・・でなきゃ、背負えないモンがあるからな、と」



『お前の腕は 人の命を奪うには 小さすぎる』


 でも、その痛みに耐えられる力は、あるだろう。



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 書いているほうがこういうのもなんですが、レノは別に世界中が敵に回っても 平気だという心構えで仕事をしていると思う。まあ、それでもちょっとは 寂しいのかも、なんて気持ちがあったほうが、レノイリ的には成立するんだろうな、 と思ったり。現実主義者っぽいなー、レノは。
 強がりイリーナが、たまにレノに見せる弱みが好き。



04.09.01 修正






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