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気付くと







 擦れ違った兵助の背中に、ふっと、長次が振り向く。
 そして、呼ばれた。
「鉢屋」
 驚いたように、呼ばれた兵助が振り向く。
 その顔が、困ったように笑う。
「・・・解るんですか」
 何も言わぬ長次に、兵助の姿をした三郎は小さくを頭を下げ、再び歩き出す。





 自分を自分だと解って貰える意味。
 その大きさを、知っている?





「なあ、雷蔵、聞いてくれよ」
 読書をしていた雷蔵の背中に、三郎は兵助の姿のままで抱きついた。 じゃれるような彼の声が、嬉しそうに弾む。
 可笑しそうに、雷蔵も笑う。
「どうしたんだよ?」
「長次先輩、この格好でも俺だって解ったくれたんだ」
「すごいな、それ」
「だろ?」
 三郎の変装を見抜ける人間がなかなかいないことは、雷蔵も周囲の 人間も、よく知っていることである。
 それが見抜けるのは、日頃から三郎をよく見ている人間だけ。
 だからこそ、雷蔵は首を傾げてしまう。
 嬉しそうな三郎に言わずに、心の中で考える。
(長次先輩は、そんなに三郎を見ていたんだろうか)
 だとしたら、それは、なぜ?





 雷蔵がそれを尋ねなくてはならなくなったのは、その次の日のことであった。
「鉢屋、それしまって置いてくれないか」
 そう言って、長次はまた自分の仕事に取り掛かる。
 図書カードの整理をする手に、淀みはない。
 言われた本を抱え、雷蔵はちらりと長次を見る。
(間違ったのに、気付いてない?)
 雷蔵が三郎に間違われることは、珍しくない。だから、そのために 不快な思いをすることはない。彼が気にしていたのは、長次が不意に 三郎の名を呼んだこと。
(普通は、三郎のことを僕と間違えるのに)
 どうして、この人は。
「・・・先輩」
 何も気づかぬ顔で、長次は顔を上げる。
 雷蔵は本を抱えたまま彼に向き直る。
「あの、どうして今、鉢屋って言ったんでしょうか?」
「・・・・・・そう、言ったか?」
「はい」
 今まで、三郎が「また雷蔵に間違われた」と憤慨しながら雷蔵に 愚痴を言ってきたことは何度もあった。
 だが今は、どうだ。
「無意識だったからな・・・すまない」
「そうじゃ、なくて・・・」
 雷蔵は言葉を濁す。
「あの・・・、僕を三郎と間違えたり、久々地に変装した三郎を 本人だと見抜いたり・・・、その・・・」
 先輩は、
「そんなに、三郎のことを考えているんですか?」
 委員会で親しくはしているものの、彼は上級生だ。
 親切だといっても、言葉を選ばねばならない。もし気分を 害してしまったらどうしようと、雷蔵は小さく眉を寄せた。
「・・・考えて、いるかもしれないな」
「かもしれない、んですか」
「気付くと、なんとなく」
 解るか解らないかの笑みが、長次の顔に浮かぶ。
「三郎を・・・」
 愛してやってくれませんか。
 そう、言いそうになって、雷蔵は口を噤む。
 それは、自分が言うべき言葉ではない。
「・・・なんだ?」
「いえ、なんでもないです」
 雷蔵は微笑み、本を抱きなおして長次に背を向ける。
 後姿に、彼の視線が当たるのを感じた。
 雷蔵は願う。
 自分の後姿を見ている長次が、そのときに三郎を想ってくれることを。この 姿に、三郎を映し出してくれることを。
 それだけを、願う。





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 鉢雷も好きですが、純粋に友情だけの三郎と雷蔵も好きです。きっと雷蔵って、 すごく友達想いだろうなぁと思って書きました。三郎の幸せは自分の 幸せだと思ってそうな、そんな雷蔵が好きです。




2005.01.29





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