余喘 「三郎」 唐突なその言葉に、三郎の背中に稲妻が走る。 振り向くこともできずに、彼は立ちすくんだ。 背後には、あの人がこちらを向いて立っているだろう。 それでも、目も口も足も、指の1本すらも動かない。 あの声が、三郎、と。 自分の名前の響きは、これほどにも美しいものか。 そんなことを思ったのは、初めてだった。 「なんでも、ない」 ただ、なんとなく。 背中を見つめている相手は、何も言わぬ三郎にそう告げる。 それでもまだ、三郎の足は動かない。 図書室の戸口に立ち止まったまま、何も出来ずに。 相手の顔を見ることすらできずに。 「ずるいですね」 最低です。 残酷で、冷徹で。 「なんでそんなに、酷いことばかり、するんですか」 そう言った三郎の声は、震えている。 それでも、声を出せたことだけでも自分を誉めたい気持ちになる。 そんな三郎の言葉に、今度は長次が言葉を失った。 「なんで、俺を傷つけるんですか」 俺は、先輩に何もしてないのに。 何もしてないのに、一方的に、こんな傷。 苦しいんです。 もう、息が止まりそうなほど、苦しい。 「こんなに苦しいって、知っていますか」 俺の息は、もう、絶え絶えなんです。 「・・・それほど、好きなんです」 余喘を保ちながら、三郎は呟く。 最後の力を振り絞って、相手に、伝える。 「だから、思わせぶりなこと、しないでください」 痛いだけです。 余計な期待など、したくないんです。 ひたすら願うだけで、期待など、何も。 「鉢屋」 長次が一歩を踏み出す気配が、三郎に伝わる。 止まっていた足が、微かに震え出した。 近づいてくる空気。 そして、 「俺も、鉢屋には困ってる」 「・・・なぜ、ですか」 「解らないが、時々、困る」 三郎の口元に、微苦笑が浮かぶ。 「・・・やっぱり先輩は、酷いですね」 でも、それでも、いいですよ。 そう呟いた三郎は、戸を開ける。 震えた足を一歩踏み出し、ひとつ、息をつく。 「酷くでも、いいです」 「・・・・・・」 「どんなにひどくされても」 俺は、あなたのものだから。 あなたは、俺の全てだから。 三郎ほど、片思いが似合う子はいない気がします。 三郎のテーマソングは、笹川美和の「美しい影」です。 完璧な片思いの曲です。 哀しいほどの片思い。 そんなのが、三郎には似合うと思ってしまうのです。 2005.01.19 |