海と図書室

















 来ちゃいました。
 と、笑いもせずに三郎は言う。
 何も知らぬ人間が聞いたとしたら、三郎が長次に好意を寄せているとは気付かぬだろう。
 長次もまた、笑みもせずに彼を一瞥したのみだ。
 図書室に現れる三郎の存在を否定はしない。
 三郎は、何やら委員会の仕事をしているのだろう長次の左隣に座る。まずはその手元を見つめ、次に、その 横顔をちらりと見る。
(この人は、俺の気持ちを知ってるんだ)
 それなのに、毎日、表情は愚か態度も変わらない。
 想いが知られてしまった今、三郎はただ、振り向いてくれることを祈るしかできない。
 目に入る、幅のある肩と胸。もしも許されるのならば、そこに顔を埋めてしまいたい。そうなる 日が来たら、泣いてしまいそうだ。
(待つばかりって、つらいんだ)
 待っているのは楽だとばかり思っていた。
 でも、つらい。





「海は好きか」
 唐突な声だった。
 手元のノートに筆を走らせながら、長次が問う。
 問われた三郎は、その問いに何か意味があるのかと考えるが、それは読めなかった。
 深読みは疲れるだけである。
「好きです」
「そうか」
 それだけである。長次は筆を走らせたままだ。
 しばらく待った三郎は、微かに眉を寄せる。
「・・・なんですか」
「いや」
「・・・・・・」
「海の、何が好きだ」
「・・・広いところ」
 三郎の答えに、ほんの僅か、長次の目が細められる。
 当然、三郎がそれを見逃すことはない。
「俺、なにか、変なこと言いましたか」
「なぜ」
「笑ったから」
「そうか?」
「そうです」
「よく、見てるな」
 そう言われた三郎は、顔を逸らして俯く。頬が火照った。
 そんなの、当たり前です。
 そう言いそうになる。
「海と山なら、どちらがいい」
「・・・どっちも好きだから、選べません」
「そうか」
 再び、会話が途切れる。
 そのまま、どれだけの時が流れただろうか。図書室に夕陽が射し始めた頃、やっと長次は筆をおいた。 軽く首を回し、紙が乾くのを待ちながら、彼は息をつく。
 三郎も、ようやく顔を上げた。
「なんで、今日は海のこととか、訊いたんですか」
 長次が、真っ直ぐに三郎を見る。
 その日初めて、三郎は長次の目を真っ向から捉えた。
「・・・鉢屋のことを、案外何も知らないことに気づいた」
「・・・・・・案、外」
「いつもここに来るから、知っているような気が、した」
 でも、そうでもないみたいだったから。
 だから、
「知りたくなった」
 ・・・動悸。
 三郎は、それが長次の耳に届くのではないかと錯覚を起こす。
 それほどの、動悸だった。





 知ってください。
 もっと、訊いてください。
 俺のことを、もっと、もっと。





 待つのはつらいけれど、それなら、待てるから。





 待ちますから。











 相手を知りたいと思うことは、好意の第一歩だと思います。




2005.01.19









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