見えないと、思っていた

















 愛に形などない。
 それはうつろい、優しく、愛しく、時には激しく、痛みすら伴う。
 形にできるはずなどない。
 目に見える場所にも、ない。
 触れられるものでも、ない。
 三郎は眠りから醒めた目で、天井を見上げる。
 隣からは、雷蔵の静かな寝息が聞こえている。
 襖の外は白み、もうすぐ世が明けようとしているらしい。
 できるだけ静かに身を起こすと、身体を丸めていた雷蔵が細い声を上げる。 眉を寄せながら、彼も同じように布団をはぐった。
「起きてたのか」
「・・・三郎が、少し魘されていたから」
「おれが?」
「嫌な夢でも、見たんじゃないの?」
「・・・そう、だったかな」
 適当に髪の毛をまとめながら、三郎は布団の皺を見下ろす。
 そうだ。いやな、夢だったかもしれない。
「・・・長次先輩が・・・、いなくなる夢だった」
「・・・・・・そう」
 目を伏せたまま、三郎は大きく息をつく。
 夢と現実の狭間は、いつも苦しい。
 夢の中の出来事が身体と心を支配して、正しい感情を保てない。
 自分が今どちらにいるのかすら、解らなくなってしまう。
「・・・からっぽになった、気がした」
 自分が、抜け殻にってしまった気がしたんだ。
 その感覚に、三郎はぶるりと震える心地がした。
 怖い、というものではない。
 寒かった。
 空っ風を浴び、乾燥しつくしてしまうような、寒さ。
 雷蔵は三郎の肩を抱き、口元だけで微笑む。
「長次先輩は、愛だからね」
「・・・え?」
 雷蔵はふふっと笑う。
「三郎にとって、長次先輩は、愛そのものだから」
 言われ、三郎は自分が赤くなるのを感じる。
 いつもなら、恥ずかしいことを言うなと茶化すところが、今はそれが出来ない。
 それは、彼の言葉があまりにも真実を射抜いていて。
 泣きそうになりながら、三郎はもう1度顔を伏せる。


 あのひとは、見える。
 触れられる。
 言葉を交わし、瞳を合わせることができる。

 愛は、そのものだったのだ。

 あのひとそのものが、愛という存在。


「らいぞう」
 思わず、声が震える。
 自分の肩にかけられた手を握り、三郎はなんとか息をする。
「どうしよう。愛なんて、形になどならないと思っていたのに」
 どうしよう。
 信じていたものが、全て霧散してしまった。
 覆され、粉々に消えて、しまった。
 それなのに幸福なのは、なぜなのだろう。



 どうしようもないのに、どうしたらいいのだろう。















2006.06.21









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