共の覚悟

















 彼が幸福を恐れていると知ったのは、いつだったろうか?










 長次の部屋で、三郎は畳に頬杖をつき、彼の背中を見つめている。
 ぶらぶらと、足が理由もなく動かされた。
「・・・おれ、先輩といられれば、幸せです」
「・・・どうしたんだ、急に」
 ふ、と表情だけで笑う彼に、長次が振り向く。
「いつか先輩が、別のひとに心惹かれても・・・、おれは止められないし、そんな資格も、 ないです」
 そうなっても、傍にいられれば、充分に。
 首だけではなく、身体もまっすぐと三郎に向け、長次は問う。
「・・・なにを、言っている」
「だから・・・、おれは、・・・」
 困ったように、苦しそうに、三郎は笑みを堪え続ける。
「おれは、先輩にどんなに酷くされても、先輩のことが・・・」
 全てを言うより早く、長次の腕が彼を抱き起こした。
 あまりの強さに、三郎の顔から笑みが消える。
 同時に、驚いたように、眼が見開かれた。
 それは、長次の表情があまりにも硬く、怒りすら含んでいたから。
「・・・ふざけるな」
「え・・・」
「なぜ、いつも勝手に、ひとりで、覚悟を決める」
 ・・・なぜ、叫ばない。
 叫んでくれない。










 一緒にいたいのだと。
 他の誰かを愛したら、殺してやると。
 おまえも覚悟を決めろと。
 ・・・なぜ、そう言わないのだ。










 腕を強く掴まれたまま、三郎は顔を歪めた。
 言えないと言うが如く、首は強く左右に振られる。
 それでも長次は、その腕を掴み続けた。
「・・・覚悟を決めるなら、おれも巻き込めばいいだろう」
 伏せたままの三郎の目尻に、涙が浮かぶ。
 下口唇は強く噛み締められている。
 そんな彼の頭を、長次は静かに撫でた。
「・・・幸福が、怖いのか」
 黙ったまま、腕の中の少年は頷く。
 いつか、不幸になる気がするんです。
 ほどほど にしておかないと。
「・・・おれは今、しあわせすぎるから・・・」
「幸福の、なにが悪い?」
 言われ、三郎は困ったように顔を上げる。
「それが悪いなら、おれも、いつか罰を受けなくてはならない」
 いまがこれほど幸福なら、いつか。










 そのときは、おまえひとりじゃ、ない。










 その言葉こそが、あまりにも幸福で。
 三郎はいつか受けるべき罰の重さに、震える。
 震えるのに、それもまた、幸福で。
「やっぱり、怖いです」
「・・・・・・」
「おれ、いつか、ものすごく不幸になるんじゃないかな」
「・・・そのときは一緒だ」
 三郎は、くっと胸の中で笑う。
 それじゃ、不幸でもなんでもないですよ、と。












 三郎は、変なところで自虐的っぽそうだと思います。
 いいよ、おれひとりで。
 みたいな意地を張りそうで。



2005.08.23









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