B C P

 












































「あいつが俺と喋るときの、嫌そうな顔といったら!」
 と言うのは、文次郎である。
 彼が言うのは他でもない三郎のことである。
 仙蔵は小さく苦笑を漏らす。
「あいつなら、私にも愛想は良くないぞ」
「露骨にか?」
「いや、そこまでではないが」
「俺には『そこまで』なんだよ」
「嫌われているんだな」
「余計なお世話だ!」
 2人は遠慮もなくそう話していたが、その間には相変わらず沈黙を守ったままの 長次が鎮座している。
 実際、ここは長次の部屋なのである。
 だが、文次郎は止まらない。
「そのくせ、長次にはニコニコしてるしな」
「仕方ないさ、飼い主なんだ」
 仙蔵が肩を竦める。
 文次郎は首を傾げた。
「飼い主?」
「ほら、ノラ猫みたいだろ、あいつ。舌鳴らしても寄ってこなそうで、一定の 距離以上を置かないと他人を寄せ付けないし」
「ああ、そうか。拾ってくれたやつにだけ懐いてる感じ」
「そうそう」
 そこで、ようやく文次郎の視線が長次に流れる。
 彼はにやりと笑い、無表情を貫く男を覗き込む。
「そりゃあ、飼い主には可愛いくて仕方ないだろうなぁ」
 自分にだけ懐いてるんだもんなぁ。
 そんなからかうような言葉に、長次はひとつ、頷いた。
 それだけだ。他にはなんの言葉もない。
 ただ、肯定の意思がひとつ。
 会話にすれば、
「そりゃあ、飼い主には可愛いくて仕方ないだろうなぁ」
「うん」
 と言うほど端的なやりとりであろうか。
 長次は言葉が少ない分、行動に多くが現れる。
 文次郎と仙蔵は、微かに頬を引きつらせたまま、笑った。
「・・・だってさ、仙蔵」
「ほう・・・、それはそれは・・・」
 ごちそうさまでした、と、ふたりは心で述べておく。
 そのとき。
 のら猫上がりと言われていた張本人が部屋に姿を現した。
 襖を開けた瞬間の笑顔が、仙蔵と、特に文次郎を見た瞬間に、露骨なほどの 無表情に変化する。
「どうも」
 なんでいるんだ、と言わんばかりの顔。
 文次郎はわざらしく、あくまで挑戦的に笑う。
「同級生の部屋に遊びに来て悪いのか」
「誰もそんなこと言ってませんけど」
 言いながら、三郎はすすっと移動し、長次の横に座る。
 そうしたものの、目つきは不審げにふたり――というよりも、やはり主に文次郎――を 見つめている。
 そんな彼を、さらに見つめている男がひとり。
 誰でもない、長次である。
 その視線に気付き、三郎は戸惑ったように首を傾げる。
「せ、先輩、おれ、なにか変ですか・・・?」
「・・・・・・いや」
 そう言う長次は、心の中の感情など微塵も表さずに、能面の如き無表情である。文次郎は 大袈裟に肩を竦めた。
「そいつはな、おまえのことが・・・」
 言いかけて、文次郎は止める。
 可愛くて仕方ないみたいだぞ、と伝えたところで、得られるのは三郎が 嬉しさと恥ずかしさで赤面する顔ぐらいのものだ。
 そう気付いた途端、彼は急激にげっそりとする。
「・・・やっぱりやめとく」
「なんですか、一体」
 長次から目を離した途端に、三郎の目はまさしくのら猫のように警戒心を含む。
 仙蔵は溜まらずに噴出した。
 その様子に、さらに三郎は眉根を寄せるばかりだ。
 苦しそうに笑いながら、仙蔵は立ち上がる。
「文次郎、行くぞ。邪魔しても悪いからな」
「こっちだって、別に見てたくねぇよ」
 同じように腰を浮かせ、ふたりは部屋を後にする。
 ・・・ふりをして。
 ふたりは襖の外から、そっと部屋の中を覗いて見る。
 すると。
 長次が無言と無表情のまま、三郎を抱き寄せていた。
 腕の中にいるのら猫は、主人の突然の抱擁の理由が解らず、頭の上に 疑問符を浮かせて赤面している。
 その光景に、仙蔵と文次郎は思わずげっぷをしたくなった。
「・・・おれ、今日の晩飯半分でいい」
「・・・右に同じ」
 呟き、ふたりは胃もたれしている人間のような足取りで、 夕暮れ時の廊下を歩いて行った。













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 羊羹も饅頭も、の続きのようなもの。
 周りからしてみたらアホみたいなふたりも好きです。




2005.09.14





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