秘 め 事 の 襖
部屋に行ってみよう。
そう思いついたのは、6年生の部屋の前に来てからだった。
部屋の前。
それは、一種特別な意味がある。
長次にまだ想いを伝えられなかった頃、6年生の部屋の前を通るということは意味を持つことであった。
あのひとが、いるかもしれない。
あわよくば、出てくるかもしれない。
そんなことを思いながら、ちらりと、部屋の襖を見る。
静かに締められた襖は、秘め事のような香りがしていた。
偶然出てきた長次と鉢合わせて、なんてことは、1度もない。
だからこそ彼は、その部屋の、その襖が特別であった。
開けられることが許された扉。
三郎は自分の影が映っている白い障子を、静かに見つめた。
長次はいるのだろうか。突然だから、留守かもしれぬ。
音もなく襖に指をかける。
今でも、その一瞬に、ひどく緊張した。
(・・・寝てる)
畳の上に仰向けになり、長次は目を閉じていた。
右手は腹の上に乗せられ、左手は畳みに落ちている。胸が規則的に上下しているのが、
三郎にも解った。
一歩、部屋に足を踏み入れて、三郎は襖を閉めた。
その瞬間、彼の胸はひとつ、鼓動を乱す。
(なん、で)
眠りに落ちている長次を見下ろし、三郎は動揺する。
(寝てたってわかったなら、帰ればいいのに)
なんでおれは、入ったんだ。
そう思いながらも、後ろ手で触れている襖を開ける気にはなれない。
三郎は手を離し、長次の横に膝をついた。
無防備な寝顔だった。
常からの長次からは、想像もできないほど、穏やかな。
(こんな顔して、寝るんだ)
じっと、見るともなしに長次を見つめ続ける。
身体が、疼いた。
三郎の身体が屈められる。
薄く開かれた長次の口唇が、近づく。
互いの息が触れるほど。
既に、一線の境は曖昧になっている。
(だめ、だ)
そう、三郎が感じて身を引こうとしたとき。
自分ではない力が、その動きを封じた。
「!?」
呼吸だけではない。
柔らかな口唇の感触に、三郎は目を見開いた。
自分の腕は、強く、捕まれている。
そして、首にも、手が。
「せ・・・」
口唇が離されたとき、既に、長次の眼は開いていた。
その瞬間、三郎は顔だけでなく全身が熱くなるのを感じた。
(ばれて、た?)
気丈な目が、微かに震える。
長次は何も言わず、そんな彼の頬を撫ぜた。
「・・・すまない。鉢屋が来たときから、起きてたんだが・・・」
「・・・・・・」
羞恥に顔を歪めたまま、三郎は目を逸らした。
長次が黙っていたことより、彼は自分が何かをしようとしていた、その心に捕われていた。
「ごめん、なさい・・・」
「・・・・・・なにがだ」
「おれ・・・、先輩に・・・」
そこまで言うと、三郎は目を逸らすどころか顔ごと俯く。
長次は僅かに身体を起こし、彼の腕に触れた。
「いや・・・、こっちは・・・鉢屋が何かしてくれないかと思ってた」
けど、おまえが途中で止めたから。
「つい、この手が」
あまりにも。
あまりにも真面目に、長次がそう言うものだから。
三郎は俯いたままの顔を、上げざるを得なかった。
そして、小さく、笑った。
瞬間、再び身体は引き寄せられる。
先刻よりも深く。
その口付けに、三郎は酔うように目を閉じていた。
部屋の外を、誰かが駆けてゆく。
他愛もない話をしている声が近づき、そしてまた遠ざかる。
穏やかな喧騒。
その中にいる誰も、知らない。
今、自分達がこうしていることは、誰も。
(・・・やっぱり)
この襖は、秘め事の扉。
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2005.07.17
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