B C P

 











































 その時の文次郎の笑みを、長次は頭の中で言葉にする。
 嘲笑。だ。










 おまえ、ああいうのが好きなんだ。知らなかった。
 言いながら、文次郎は長次の隣で本をめくる。読む気はないのだろう。ぱらぱらと 頁が進む。
 その手元だけを見つめて、長次は沈黙を守っていた。
 ああいうの、というものが何を指すのかは解っている。
 三郎のことだ。
 馬鹿にしているわけではなく、文次郎は笑っていた。
「大層だいじにしてるみたいだな」
「・・・・・・」
「簡単に手なんか出せないって感じだ」
 言われた長次の眼が、微かに動く。
 文次郎の指先で、その眼は止まった。
 文次郎には三郎との出来事など話してもいないのに、彼はなぜ知っているのか。・・・いや、 なぜ、解るのか。
 それが、知りたかった。
「なんでそう思うのかって顔だな」
「・・・・・・」
「解るさ。俺とお前は正反対だからな」
 文次郎が長次の肩に手をかける。
 顔を寄せられ、長次は再び眼を伏せる。
「俺はいちいち我慢なんかしてられないからな。手なんかすぐに出る。・・・けど、 おまえはそうじゃないだろ」
 言い当てられた長次は、ようやく、文次郎と目を合わせた。
 眉ひとつ動かさずに、彼は口唇を開く。
「・・・なにがいいたい」
「・・・・・・なにが?」
 肩に回されていた文次郎の腕がするりと外れる。
 その顔から、笑みは消えていた。
 机で頬杖をつき、文次郎は小さく首を傾げる。
「・・・おまえさ、なに『いいひと』ぶってんだ?」
「・・・・・・」
「大切な子だから手を出せません、みたいな」
「・・・・・・」
 おまえに何が解る、と、長次の眼が語る。
 それを文次郎が読み取らないはずはなかった。
 文次郎の言葉と、長次の眼。
 その間での会話が続いていた。
「壊すのが怖いんじゃなくて、嫌われるのが怖いだけだろ」
 言って、文次郎は再び笑みを浮かべた。
 その時の文次郎の笑みを、長次は頭の中で言葉にする。
 嘲笑。だ。
「おまえ何も言わないから、言ってやるよ」
「・・・・・・」










 おまえは、飛べない鳥じゃない。
 飛ばない鳥だろ。
 飛べるくせに、理由をつけて飛ばない、怖がりな。
 ・・・・・・それって、かっこ悪くねぇ?










 長次は、向けられた嘲笑を直視していた。
 彼が言う言葉は、全てが真実だった。
 真実ゆえに、あまりにも痛かった。
 これほどに自分を理解する友人がいることに、感謝すらする。
「・・・文次郎」
「・・・・・・なんだよ」
「おまえは、怖いと思わないのか・・・」
「なにを」
「・・・自制できなかったら、ということを」
 その日初めて、文次郎は驚いた顔をする。
 しかし、それはすぐに大笑いに変わった。
「なぁ、おまえさ、ちょっと考えてみろよ」
「・・・・・・」
「鉢屋が、『激しい長次先輩は嫌いです』って言うと思ってるのか?なぁ、そう思うのか? それって、すげぇ笑えるぞ」
 言いながらも、文次郎は片腹を抱えている。
 長次は相変わらずの無表情で、それを想像してみる。
 そんな彼の肩に、文次郎は再び腕を回す。
「・・・相手は案外、望んでるかもよ?」
「・・・なにを」
「壊れるぐらい、お前に抱かれることを」










 獣のような目が、調教するかのように細められる。
 長次はその目を見つめたまま、微かに笑った。
「・・・飛ぶのは、簡単か」
「始まれば全部、一瞬だろ」
「・・・・・・そう、だな」










 本当は、狂いそうなほど、飛びたいんだ。
 そう言う長次に、文次郎は腕を回したまま、笑った。








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 これはだいぶ前から書こうと思っていた話でした。
 何度も書き直して、こういう形になりました。
 長次はムッツリだと萌え倒せる方です。
 三郎相手に日々妄想をしていてほしい。




2005.04.28





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