B C P

 












































 両手で顔を覆って、三郎は草に身を投げ出した。
「・・・そんなんじゃ、ない」
 そう呟くだけで、心が軋む。
 誰にも言えないこの囁きは、青すぎる空に飲み込まれてゆく。
 眉を寄せ、下口唇を噛んだまま、三郎は両腕を空に伸ばした。
 引き上げてくれる者など、誰もいないと知っていても。
 そうするだけでも、救われる気がした。
 気がする、だけでも。





 それは、何ヶ月前の空だっただろうか?





 季節が移ろっても、人々の心か変わることはない。
 三郎はけもの道を歩いていた。歩きながらじっと目を閉じ、先刻言われた言葉を反芻する。
 耳に入るのは、かさかさという落ち葉の音だけであった。
『鉢屋はしっかりしてるし、優秀だから』
「・・・・・・」
『だから、大丈夫だろう』
「・・・・・・」
 どこからか聴こえた鳥の声に、三郎は瞼を上げた。
 丘の上に出たらしい。
 風は弱く、彼の頬を掠めてゆく。
 薄い綿のような雲が空をゆっくりと流れている。
 空はまた、いつかのように青すぎる。
 青すぎて、三郎はまた、両手で顔を覆うしかなかった。
「・・・そんなんじゃ、ない」
 そう呟くのは、何度目だろうか。
 懺悔というよりも、告白に近かった。
 誰にも言えぬ弱音を吐くのはいつも、暗闇か、青の下。





 俺は、そんなにしっかりしてない。
 冷静でもない。
 強くもない。
 そんなこと、そんなこと、誰も信じてくれないけど。





 青すぎる空は怖かった。
 優しく三郎を包み込むのに、決して救い上げてはくれない。
 目を閉じたまま、三郎は両腕を空に伸ばす。
 それもまた、何度目なのか解らなかった。
 だが、何かに救いを求めるように、伸ばされる。
 掴まれることのない腕を、まっすぐに。
 空に。





 はじめてだった。
 空が、いや、誰かが、その腕を掴んだのは。
 驚いたように、三郎は目を見開いた。
 自分を覗き込んでいるのは、青い空ではない。
 ここに来ると告げてはいないはずの、長次。
「・・・・・・どうして」
 三郎の問いには答えず、長次は口元だけで微笑む。
 伸ばされた両手を握ったまま、長次は草に座った。
 その目は相手を見ることはなく、空を映す。
「・・・・・・どうして、ですか」
 三郎は、同じ問いを繰り返す。
 だが、長次もまた、同じように微笑むだけだ。
 微笑んで、三郎の頭をふわりと抱き寄せる。
 何も言わずに、ただ、ここに流れる風のように。





 弱者が、いけないこととは、限らない。
 ときには弱者になり、守られたいと、三郎は願っていた。
 それを叶えてくれるのは、空ではなかった。
 いや、誰も叶えてくれないと思っていた。
 だが今は。





 今は。





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 三郎は優秀だから、たくさん頼られることがあると思います。性格的に、弱音とか 簡単に吐けなさそうだとも、思ったりします。
 そんな三郎を不意に助ける長次の話。




2005.04.03





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