白昼夢

















 指の1本が触れ合った瞬間、三郎は僅かに手を引きそうになった。
 それに気付いた長次もまた、咄嗟に手を引く。
「・・・・・・」
「す、・・・すみません・・・、ちょっと、驚いて・・・」
 言い訳のように、三郎は顔を伏せる。
 微かな沈黙の中、枯葉が落ちる音だけが響いた。
「何に、驚いたんだ?」
「わ、解らないですけど・・・、手が触れた時、熱いような、痛いような・・・そんな感じがしたんです」
 それは言葉にならないほどの感覚であった。
 電流という言葉を知らない三郎にとっては、尚のこと。
 黙ったまま、長次は再び彼の手に触れた。
 失われた体温が戻るようだと、三郎は感じた。
 手が触れるということは、それほど、特別なことだと。
 三郎は、長次の手をじっと見つめた。爪、節、血管の形、それらの全ては、今まで見てきて 完全に記憶している。
 だが、触れたことはなかった。
 触れる日が来るとも、思っていなかった。
「・・・鉢屋の手は・・・、思ったとおりだな・・・」
「え?」
「いつも見ながら、触れたときのことを想像してた」
 その感触。肌触り。
 想像上のものでしかなかったそれらは、
「思ったとおりだった」
「・・・・・・そんな」
 そんなことを、考えていたなんて。
 長次の言葉に、三郎は頬が火照るのを感じた。
 だが、そんな想像をしていたのは、自分も同じである。
 手だけではない。
 髪も、頬も、腕も、口唇も、全てのものに夢想した。
 それらの全てに触れることは、今はまだ許されない。
 沈黙という薄紙1枚の下で、ただただ、想像することしか。
「・・・また明日から、あまり会えなくなりますね」
「図書室で、会えるだろう」
「けど・・・」
 2人で、こうして時を過ごすことは叶わぬ。
 そんなことを口に出来るほど、三郎は長次の前で我儘になることが出来なかった。それが、 彼を困らせてしまうと知っていたから。
「じゃあ・・・、一週間分だな」
「え?」
 不意に、繋がれた指ごと身体が引き寄せられる。
 強く。だが、とても静かに。
 三郎は反射的に目を閉じた。
 あまりにもきつく閉じすぎて、歯をも食い縛ってしまった。
 そして与えられたのは、額への口付け。
 いや、それが口付けなのか、目を閉じていた三郎には解らない。
 だが、それは確かに、口付けだった。
 今まで幾度も考えた、その感触。
 それは間違うことなき感覚。
 心の中でまで息を止めて、三郎はその温もりに神経を注ぐ。
 全てを、記憶しようと。
「・・・そんなに、息まで止めることはないだろう?」
 頭上の声が、笑みを含んでいる。
 三郎はきつく閉じていた瞼を開き、相手を見上げた。
 可笑しそうに、長次は三郎の頬を撫ぜる。
「・・・・・・俺、いつか死にそうです」
「・・・なぜ?」
「こんなに、息ばっかり止めてたら・・・」
 いつか、死んでしまいそうです。
「・・・今だって、もう・・・」
 快楽という苦痛に耐えるように、三郎は息をつく。
 その吐息が長次を惑わせるとも知らずに、ただ、ただ。












 リクエストをくださった、正己さまへ。
 三郎が報われている長鉢、ということです。



2005.03.20









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