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 やばいやばいやばい。
 呪文のように呟きながら入ってきた兵助に、喜八郎は次の生徒会役員を 決めるための投票用紙を突きつける。
「もう会議終わりましたよ」
「やばいよ綾部。おれ、それどころじゃないよ」
「は?」
 冷たい表情の上に疑問符を浮かせ、喜八郎は首を傾げる。
「なぁ綾部、一生のお願いだから携帯貸して」
「なぜですか」
「今日、彼女と約束あったんだけど、生徒会だってこと忘れてたんだよ。 今度遅刻したら別れるとか言われたし、マジでやばいんだって」
 知りませんよ。
 言いそうになり、喜八郎は食い止めるようにさらに眉を寄せる。
「それより、その用紙の枚数数えてください。もうすぐ選管が来ます」
「ええ!?冷たいよ綾部!頼むよ!俺、今日携帯忘れたんだよ!」
 全部自分のせいではないか。
 もう1度言いそうになり、喜八郎はさらに眉を寄せる。
 ステープラーに針をつめながら、彼は息を漏らす。
 喜八郎は、兵助に正しく恋をしていた。
 わざとハンカチを落として知り合いになるという古風な手段を選び、 彼が生徒会に推薦されたときには、1年であるにも関わらず、迷わず 立候補した。
 そうしてやっと、ここまで漕ぎ着けたというのに、とうの兵助本人は 同じ学年の女子と付き合ったりしているものだから。
「綾部、俺泣きそうなんだけど」
「・・・泣きそうなのは、こっちです」
「なんで?」
 喜八郎は、無言で制服のポケットから携帯電話を取り出すと、 ほとんど押し付けるようにして兵助に渡す。
「いいの!?」
「・・・マジやばいんでしょう?」
「うんそう!マジやばい!」
 慌てた手が、2つ折りの携帯を開く。
「うわ、俺使い方わかんないよ。機種違うし」
 電話ぐらいはかけられそうなものが、兵助はもたもたとボタンを操作している。 業を煮やした喜八郎が手を伸ばすのと、兵助が「あ」という声を上げるのは、 ほぼ同時。
 受信メールの画面。
 そこには、「久々地先輩」と名のついたフォルダ。
「!!」
 喜八郎は忍者のように素早い動きで、携帯を取り戻す。
 そして一瞬のうちに、首元までを朱に染めた。
 兵助は――。
「・・・あのさ、訊いていい?」
「・・・・・・」
 困ったように、戸惑ったように、兵助はうなじを掻く。
「なんで、俺のフォルダ、あんの?」
 携帯とステープラーを握り締めたまま、喜八郎は動かない。じっと背中を向け、長机に 散らばった書類を見下ろしている。
 喜八郎の中で、全ての計画が音を立てて崩れゆく。
 今、こんなことを知られるわけにはいかなかったのに――。
「・・・私は・・・」
 何かを言わなければと思っても、言葉が出てこない。
 言い訳も、告白も、何も。
「・・・俺のこと・・・」
「・・・・・・」
「・・・そんなに嫌いなのか?」
 振り向くまいと思っていた喜八郎の首が、無意識に回転する。
 はあ? という、いかにも間抜けな声と同時に。
「・・・他のメールと一緒にしたくないぐらい、俺のこと嫌いなのか?」
 返す言葉を奪われ、喜八郎は絶句する。
 兵助は本気で落ち込んでいるように、顔を伏せていた。
 そんな彼を、喜八郎は新種の動物でも発見したかのように凝視する。
「いや、確かに俺、どうしようもない先輩だけど」
 メールまで分別されるぐらいなのかな。
 そんなに悪いところがあるなら、言ってくれよ。
 ちゃんと直すから。
「・・・はあ」
 気の抜けた返事で、喜八郎は兵助を凝視し続ける。
 とんでもない男だ。今、この瞬間に、兵助の彼女は彼の 携帯に怒りのメールを送っているに違いない。
「まあ、先輩がそう思ってるなら、それでいいですけど・・・」
「よくないって!」
 口の端を持ち上げ、喜八郎は小さく笑う。
 そんなところが好きなのだと、言う替わりに。












 唐突に書きたくなった話です。
 久しぶりの綾久々が、こんなんですいません。



 2005.11.26









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